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投稿者:
VR @ 202.237.42.72 on 97/11/28 17:50:48
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ハードボイルド大戦『蒸気都市の住人たち』
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「あーあ、何処ぞのお金持ちが、破格の依頼料抱えて
やって来てくれないかなあ……。」
今日は暇だ。いや、見栄を張るのはよそう。「今日も」
暇なのだ。畜生め。
「大神さん。暇だったら、私の依頼を引き受けて貰えませんか?」
助手のマリア・タチバナだ。そう、俺はしがない私立探偵。
ここ大帝国ハイツの最上階に事務所を構える、大神一郎
名探偵様だ。
別に依頼が全く無い訳じゃない。大抵、依頼に来るのは
このハイツの住人。普段世話になってるだけに高い依頼料を
取る訳にもいかず、ボランティア状態ってやつだな。
探偵ってのは普通煙たがられる存在の筈だが、ここの住人は
人がいいのだろう、弁当を差し入れてくれたり、照明を
修理してくれたり、ヤバい連中からそれとなくかばって
くれたりと、これじゃあ益々依頼料の請求は出来やしない。
「私の依頼って、何だ?」
「ハイツの中で行方不明になった、銃のビスの捜索願い。
報酬は一円。」
「……十円だ。」
「高いですよー。その十円って数字、何処から出てくるんですか?」
「いい蒸気掃除機が買える。」
「もう!自分で探しますっ!」
こいつが俺の助手になって、もう何年経つかな……。まあ、
別に恋人って訳じゃない。
よく小説で、探偵を好きになってしまった依頼主の女を置いて
主人公が去っていくシーンがあるが、あれは別に格好付けてる
訳じゃない。困難な依頼を引き受けてくれて、幾度も命を
助けて貰った恩と恋愛感情がすり代わってるだけだと、
探偵本人が一番分かっているからだ。
結婚したって、うまくいく訳もないと。
実はこのマリアも、一度依頼を引き受けてからの縁なのだ。
まあ、助手としては有能だし、銃の腕前もあるって事で、
とりあえず事務所に置いている。
クールな外見から誤解されやすいが、そういう意味では
悪い女じゃない。難点といえば、俺のゴールデン・バットを
毛嫌いしている事かな。
「今の俺にとっちゃあ、晩メシのメニューの方が気掛かりだ。
ビスは焼いても食えないぜ?鉄分の補給が関の山だ。」
「そうやって煙草を吹かしていると、お腹がすくのが
早くなりますよ。」
しかしすぐに、晩メシはやってきた。地獄のフルコース
という名の晩メシが。
「助けてくださいっ!!私、命を狙われているんですの!!」
大抵、飛び込んできた人間はそう言うんだ。追われているだの、
殺されそうだの。しかしお決まりの常套句だと笑い飛ばす様じゃ、
プロとは言えない。気のせいにしろ事実にしろ、その原因を
取り除いてやるのが人の道ってもんだ。もっとも、こういう
お人好しの性格は探偵向きではないと、自分でも思っている。
「……落ち着いて。……何か、命を狙われる心当たりは?」
「……!!大神さん、伏せて!!」
マリアが叫ぶが早いか、窓ガラスが凄まじい銃撃音と共に
砕け散った。
「―――マシンガンか!?」
「向いのビルからの様です!おそらく、複数!」
「ノックの仕方も知らんのか?失礼な奴め!」
先程の少女は身をすくめて、その場に座り込んでいる。
今にも泣きだしそうな表情だ。
「特に、レディーに対するマナーは最低だな。」
「冗談言ってる場合ですか!!」
「お嬢さん、質問を変えよう。俺が『命を狙われる心当たりは?』
と質問する暇はあるかい?」
少女は力なくかぶりを振った。
「なら、答えは一つだ!」
俺は少女を抱きかかえると、窓からは死角になってるベッドの
下に潜り込んだ。地下まで延びている、秘密の階段がある。
「マリアも急げ!」
「はい!!」
マリアは数発、窓の外に撃ち返すと、俺に続いてベッドの
下に滑り込む。
「畜生、さくら嬢の限定ポスターも穴だらけだぜ。ジャンポールも
短い付き合いだったな、仇は必ず取ってやるよ。まだ開封した
ばかりのチェダー・チーズ……おっと、あいつは最初から穴だらけ
だったか。」
「何馬鹿な事言ってんですか!急いで下さいよ!」
階段を駆け降りる間も、止みそうにない銃撃が聞こえてくる。
折角集めたギヤマンのグラスも、もう窓ガラスと区別が付かなく
なっている事だろう。
「平和に煙草を吹かしてたのに、何でこんな目に遭うんだ!」
「これを機会に禁煙しますか?」
「馬鹿言え。黄金のコウモリは、正義の味方を運んでくるんだよ!」
俺はちらりと少女に目をやった。事態が把握できていないのは、
彼女も同じだろう。口を固く結んだまま、俺にしがみついている。
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