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VR @ 202.237.42.72 on 97/11/28 18:13:08
In Reply to: ハードボイルド大戦(長文)/第五章
posted by VR @ 202.237.42.72 on 97/11/28 18:01:30
「なあ、マリア……。」
「何ですか?」
俺はマリアに肩を借りたまま、ハイツへの帰路をたどる。
恐らくハイツの方はもう大丈夫だろう。ま、事務所自体を
何処かへ移した方が、安全には違いないが。
帰って事務所の扉を開けた時に目に飛び込んでくる
惨状を想像すると、俺は頭が痛くなった。
「ビスは見つかったんだろ?だったら俺にくれ。」
「ビスは焼いても食えないんでしょ?」
「鉄分の補給だよ。随分、血を流しちまった。」
「……ここに来るまでに、落としちゃいました。
大神さん、探してもらえます?報酬は一円。」
「……三円だ。」
「あれ?値下げしたんですか?」
「いい掃除夫が雇える。」
「もう……!」
少女は俺たちのやり取りを見て、くすくすと笑った。
やはり少女は笑顔が一番だ。
「先ずはお医者さんに行かないと。私には扱いかねる
傷の様ですから。」
「……ドクター・紅蘭の事を言ってるんじゃないだろうな。」
「あら、ヤバい事情の人間も診て貰えるのは、あの人
くらいですよ。」
「麻酔代わりに蒸気ブランでも注入されなきゃいいがね。
この間は輸血用血液と紅玉ポート・ワインを取り違え
やがった。」
目の前に、見慣れた建物が浮かび上がってくる。
「お嬢さん、改めて紹介しよう。大神一郎探偵事務所は
あの大帝国ハイツの最上階だ。日当りはいま一つだが、
風通しだけは抜群にいい。」
割れたままの窓ガラスを指差すと、少女は少し笑った。
「やる事が多すぎるぜ、今日は。まず、事務所で
夢のかけらを拾い集めて、」
「その前に治療ね。」
「あの世に行ってからじゃ遅いんだよ。そして、近所に
騒音を詫びる菓子折りを持っていって……そうだ、殺され
ないうちに大家に家賃を払っておこう。……あと、……何か
忘れてるな。」
「晩メシ、でしょ?」
「……そうだった。畜生。」
「一つ腑に落ちない事がある。」
「何ですか?」
床に散乱したチーズを摘み上げながら、マリアが答えた。
もうマリアには、事のあらましを説明してある。
「何故ヤツらは、彼女を『取り戻そうと』したんだろう。
彼女に設計図が書ける訳じゃなし、」
俺は疲れて眠っている少女に、ちらりと目をやった。
「ヤツらに取っては、生かすも殺すも同じ事だろう?」
「……動かせるのは彼女だけ、でしたよね。」
「ああ。」
「と、言う事は、いくら開発を続けたって、動くかどうか
彼女がいないと分からない訳でしょ?」
「彼女がすんなりと実験に協力すると思うか?」
「……洗脳か……あるいは縛り付けてでも機械が
動きさえすれば、今後「適応者」を見つける為の
データとして利用できると考えたんでしょうね。」
文字通りのモルモットとして、か。
「成る程。しかし彼女、これからどうする?」
「……私は……家には戻りたくありません。」
気付けば少女は、目を覚ましてこちらに向き
直っていた。……聞かれちまったか。
「あの機械に乗れ、と言ったのは、私の父なんです。
無理やり乗せられて……もう、機械の中は嫌なんです!!
私は、もう、あんな所へは……!!」
少女の瞳から涙がこぼれ落ちる。何と、実の父親が
直々にご指導とはね……。……彼女の心の傷は相当深い。
「よく聞くんだ、お嬢さん。これからどうするかは
別にして、君は暫く他人のフリをして生活しなくちゃ
ならない。君を探している連中が、いつまたやって来るか
分からないんだよ。」
「……はい……。」
「よし。……マリア。この子に着せる服がいるんだ。」
少女のすみれ色のドレスは、所どころすり切れて、
泥だらけになっている。それに、目立ち過ぎるしな。
「私の服じゃ無理ですよ?」
「……そんな事は分かってる。」
「どうせ私は大女ですよ!」
「まだ店はヤバいかも知れないから、うまい事言って
ハイツの住民から調達してきてくれ。」
「はいはい。」
マリアは穴だらけのポスターを丸めてごみ箱にほうり込み、
地雷を避ける様にガラスの破片を飛び越えていった。
「また新しいポスターを買わなきゃな。」
ごみ箱のポスターを今一度手に取って、くるくると
広げてみた。折角並んで手に入れたってのに。
「新宮寺、さくら……?」
「そうだ。歌舞伎公演のポスターだよ。先代の新宮寺
一馬もよかったが、さくら嬢も実の娘だけあって筋がいい。
今度、一緒に見に行こう。」
「はい。」
「……さて。……気の毒だけど、君のその美しい髪の毛を
切らなくちゃいけない。それだけでもかなり誤魔化せるし、
上流階級は皆髪を延ばす風潮があるから、なおさらだ。」
「……はい、私は構いませんわ。」
俺は事務机の引き出しから、真新しいハサミを取り出した。
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