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投稿者:
猿ザボ @ gauss.ulis.ac.jp on 97/11/17 16:11:49
先日中古ゲーあさってたら、SFCの「ラプラスの魔」のハコの売り文句に
「3Dマップにともなう現在位地の消失を2Dマップ化する事で解決!」
とあった。
思わず苦笑してしまったが、考えてみればこの辺の事情は技術が飛躍的に
発展した今でも、実は未解決なのだ。
「いや、オートマッピングがあるじゃないか。」 確かに便利だ。
でも、3Dである事を活かしていると言えるだろうか。
あるいは、これもまた2D化し「解決」しているだけなんじゃないだろうか。
果たして3Dのまま、空間把握をしやすくする工夫はないのだろうか。
そもそも、我々は3D主観視点でやすやす生活しているのに、
なぜゲームのそれは解りづらいか。
色々原因はあるだろう。思いつくままに挙げてみる。
まず目印。ゲームでは景色がのっぺりしていて
空間把握をする上での手がかりが少ない。この点は昔「シャイダク」で
改善が試みられた。
次に視野。我々の個人差はあれ左右60度づつ位、と言われているが
それは眼球が固定されての話であって、実際には視線は目まぐるしく動き、
脳が外界を認識する1コマ単位では、もっと広い範囲が見えている。
ゲームのそれの、おそらく4倍くらいは無意識に情報として取り込んでいる
はずである。
視線を移す、というのは近頃のポリゴンダンジョンで見られるように
なったが、使いづらいものが多く、ほとんど意識せずにという所までは
まだまだだ。いっそ、もっと記号的に表現してはどうか。
入力感覚が視覚だけ、というのも問題だ。我々はもっとたくさんの
感覚を動員して空間を認識している。
ただ、その中でもっとも、この点について重要な役割を果たしているのは
視覚の他には身体感覚だろう。自分の体がどう動いたか、それが空間の
連なりにリアリティを与えているのだ。
当然ながら、ゲームではこの点が「完全に」欠落している。しかし
全く表現のしようがないかと言えば、そうでもあるまい。
漫画が豊かな感情表現を「漫符」によってなしえたように、
ゲームもまた、もっと豊かな感覚を、新しい「記号」を開発する事で
表現できるようになるんじゃないだろうか。
そこで、とりあえずの結論として主張したいのは
「記号に還れ。そして新しい表現方法を!」という事だ。
技術の向上によって、より「まるで見ているような」マップを
表示出来るようになった。だがその文脈でどんなに進歩しても、
所詮は視覚の中だけの話なのだ。
それを補う記号表現の意義は、決して失われる事はない。
そして、「新しい記号表現」という送り手の挑戦こそ、
我々が今もっとも飢え乾いているものではないだろうか。
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