小説「夜桜」2(長文)



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投稿者: みお @ max2-ppp9.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/24 07:16:48

In Reply to: 小説「夜桜」1(長文)

posted by みお @ max2-ppp9.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/24 07:15:28


 大神は幹にもたれて、星一つない空を見上げた。
 思考回路が完全に凍っていた。突風とも呼べるような風が吹き荒れていたが、その風の冷たささえも感じなくなっていた。

 心地よい眠気が、大神を襲った。
「なぜ、俺を呼んだんですか…俺に何を求めているんですか…俺は……」
 そのとき、目の前が一瞬暗くなった。そして、すぐにやわらかい光が大神を包み込んでいた。

「あなたは………」
『あたしは、桜の木だよ。上野公園のね』
 薄桃色のガスのかたまりが、しゃべっていた。
 あたりは一面、白くて軟らかな光に包まれている。
 かたまりは、ふわふわと浮かんでいた。
 そして大神は、自分も浮いていることに気づいた。
(夢…かな……)
 まだ、意識はぼんやりしたままだった。
 今、自分がどんな状況にあるのかまで考える余裕など、さらさらなかったのである。

 大神は無意識に、ガスのかたまりに手をさしのべた。吸い寄せられているかのように。

『あんた、あたしを助けてくれる?』
「………え?」
 ガスにつっこんだ手のひらは、全く見えなくなっていた。
『あたし、夢があるの』
「…夢?」
『ここを動きたいの。この場所はもう飽きたから』
「………………」
 ガスのかたまりは、熱を発しているかのようにほんのりあたたかかった。
 大神は静かに目を閉じた。

『あんた、今年の春にここへ来たよね。覚えてる。あんた、真っ白な服を着てた』
 桜の木は、大神が花組隊長に赴任するとき、上野公園にいたときのことを言っているらしい。桜は続けた。
『あんた、なんだか他の人と違った。あたしと気が合うみたい』
 ガスが一瞬強く光った。目を閉じている瞼からも感じられるほどの光。
『…あんたなら、あたしをどこか他の場所へ連れてってくれると思ったの』

 大神は目を開けた。桜の木に問う。
「ここがいやな理由は?」
『さっきも言ったけど。飽きたから』
 桜は吐き捨てるように言った。
(いやな予感がする……)

 ぼんやりとそう思ったとたん。徐々に意識がはっきりしてきた。
「俺はこんなところで何をしているんだ?」
『…………!』
 ガスがみるみるうちに大きくなっていく。
「な、何だ……?」
『もう少しでうまくいきそうだったのに!何であんた、あたしの言いなりにならないのよ!』

 ガスはものすごい勢いで大神を飲み込んでいく。
「や、やめろぉぉぉぉぉっ!」