小説「夜桜」4(長文)



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: みお @ max2-ppp9.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/24 07:19:02

In Reply to: 小説「夜桜」3(長文)

posted by みお @ max2-ppp9.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/24 07:17:50


(霊力……だって?)
 大神は必死の思いであたりをまさぐった。しかし手はほとんど思う通りには動かず、空を切るばかり。
『あたし、枯れたくないのよ!いつまでもいつまでも。春になったら花を咲かせて、みんなにきれいだねって言ってもらいたいのよ!枯れるなんて絶対にいや!そのためには、霊力が必要だったのよ』
「…………………」
(俺は。不死の薬か………)

 まんまと、こいつの罠にかかったという訳か……

 無力感があった。もう何もする気にはなれなかった。

 ドンッ!

 固い地面の感触が、背に伝わってきた。同時に寒さも。風の音が耳に入ってきた。

『もういいわ、あんたに用はないから。霊力さえもらっちゃえばただの人間だもんね。目障りだから、さっさと消えて』
 そんな声が頭に響いて。次の瞬間、体がふっと軽くなった。

「う……………」
 ようやく目を開くことができた大神は、ゆっくりとあたりを見回した。
 叩きつけられたまま、地面に大の字になっている。すぐ上には桜の枝。上野公園だ。あたりには誰もいなかった。暗い視界の隅で、マフラーが白く、ちらちらとなびいていた。

(『霊力さえもらっちゃえば』…………?)
 大神は必死に考えた。疲労に打ちのめされた思考回路で。その言葉がどういうことなのか。

(霊力さえ…………?)
『早く消えてよ!邪魔なんだから!』
 桜の木がせかす。

(光武………霊子甲冑……)
『何ぼさっと寝てんのよ!聞こえないの?』
(『霊力さえもらっちゃえば』…………!)

 大神は立ち上がった。一瞬たちくみがしたが、すぐに体勢を立て直した。
「そんなこと、させるか!」
『何言ってんの?』
 強風にあおられ、桜の枝が不気味に揺れた。

「霊力は人にあげるものじゃない!あげられるものでもない!おまえは、間違っている!!」
『何だって?あたしに反抗する気?今あたしが霊力をいただいたのに、まだそんな口がきけたのね』
 桜の木がつむじ風を発した。
「うっ…………!」
 倒れそうになる体を必死で支える大神。

『いいわ。今楽にしてやるから。あんたなんて、用済みなのよ』
「…………くっ」
 大神は目の前の桜を見据えた。
 目を閉じ、精神を集中させる。
(あいつの声が聞こえないようになれば……)
 しかしそんな大神の意志に反して、桜の木は超音波とも言うべき不快音を頭に響かせてくる。
「くそっ………………」
(でも、ここで負けるわけにはいかない……)
 自然と拳に力が入る。

「……………………」
 だんだん、心が穏やかになっていくのがわかった。
『な、何?』
 桜の木は明らかに動揺している。不快音は止み、頭の中に響く声もささやくように小さくなっていた。

『絶対にあたし、あんたの霊力でいつまでも花を咲かせ続けてやるんだから!』
 それが大神に聞こえた、桜の木の最後の言葉だった。