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投稿者:
天下無敵の恥知らず @ ppp220.tokyo.xaxon-net.or.jp on 97/11/28 16:31:56
10月末
帝国華撃団花組所属、大神一郎、マリア=タチバナの両名は、横浜の
カフェバーにいた。ここは、マリアの知人が経営している。二人にとっ
ては思い出の場所である。
店内はざわめきに包まれ、隣の人間の声も聞こえないほどだ。
「おーい! マリア! こっちに料理!」
「はい!大神さん」
今日はハロウィン。この店は場所柄のせいか、外国人の客が多い。
自然、店主の知り合いにもその手の人間が多いことになる。マリアも
ロシア生まれのハーフである。
どんな国の人間でも、長く自分の育った国を離れていれば、その国の事が
恋しくなる。
残してきた家族や友人のこと、母国にある家の事、生まれ育った町のこと、
恋人のこと、子供のころの思い出。
しかし、彼らもただ漠然と日本に留まっているわけではない。それぞれに
目的があり、そして、その目的を果たすまでは、そう頻繁に帰国することも
できない者もいる。
今は、そんな人たちを集めて店主が開いた、ハロウィンパーティーの
真っ最中だ。
以前この店を訪れたとき、大神は店主にえらく気に入られてしまったのだが、
さすがに突然パーティーの手伝いを頼まれたときは驚いた。
料理の得意なマリアは厨房の手伝いを、大神は力仕事と、モギリの経験を
生かして給仕の手伝いを。
その日は華撃団も、その表の顔の歌劇団も(マリアは出演しないとはいえ)
休みではなかったので丁重に断ろうとしていたのだが、どこからか聞きつけて
来た米田支配人の「いーから行ってこい!」の一言で、急きょ休演が決定。
今ごろは、他のみんなも羽目を外していることだろう。
「しかし、すごい人だな。」
「ご苦労様、大神さん。」
一休みしようとカウンターの後ろに避難してきた大神に、マリアは冷たい
水の入ったコップを渡す。
「有り難う、マリア」
礼を言ってコップを受け取り、一気に飲み干す。
ふぅ、と大きく息をつく大神を、おかしそうに眺めながらマリアが言う。
「そのウェイターの服装、なかなか似合ってますよ。」
「...そうかい?」
どう解釈していいものか、判断に苦しむ所だ。
「それにしても、あの店主、よっぽど顔が広いんだな。よくこれだけの人が
集まったもんだ。」
当の店主に目をやると、古ぼけたたすきを頭に巻いた女性と何やら談笑して
いた。それ以外にも、片眼鏡をかけてきっちりと正装した紳士風の男や、和風
の正装に身を包んだ、ともすれば紫にも見える藍色の髪の貴婦人はいいとして、
おとぎ話に出てくる魔女のような格好の仮面をかぶった男やら、蜘蛛の巣の
ような模様の赤と青の、体にぴっちりとした服(?)を着たもの。果ては
コウモリのような真っ黒の、奇怪な衣装の男や、縦一列に金髪の生えたマスク
をかぶり、先の方が太くなっている木の棒を腰に差したマントの男など、
劇場で舞台衣装を見慣れている大神でも、びっくりするような格好をした
老若男女達が、さまざまな国の言葉で会話している。
いまも、ちょうど二人の前を髪の長い、顔に奇妙な紋章のある美しい女性が、
連れらしい日本人男性に食べ物を取りにきていた。
「あら?久しぶりね。こんな所に来ていていいの?」
どうやらマリアとは知り合いらしい。
「ええ、今日は千尋さんのお店もお休みなので。」
ひとしきり話してから、彼女は連れの男の所に戻っていった。
「彼女、美人だと思いますか?」
思わず見とれていたのがばれていたらしい。降参のしぐさを見せて認める。
「ああ、この世のものとは思われないよ。」
「でもだめですよ。彼女には、運命の人がいるんですから。」
「...そのようだね。」
目をやると、二人とも本当に幸せそうに笑みをかわしていた。
「しかし、なんだってみんなまともな格好をしていないんだ?」
「?、ご存じ無いのですか?」
「何を?」
本当に不思議そうな顔で問い返す大神に、マリアはああそうか、と納得する。
アメリカに滞在していた自分にしてみれば、ハロウィンパーティーと言えば
仮装パーティーだというのは、至極当たり前のことであるが、日本生まれ日本
育ちの大神にとって”ハロウィン”というものに対して、知識はあっても習慣
までは分からない。
何だかおかしくなって、くすくすと笑い出すマリアの様子に、大神は、何か
変なこと言ったかな? といぶかしげな顔をする。
マリアがハロウィンについて説明している間にも、種々様々な扮装をした
人達が、多様な言語で談笑している。
あるものは、それぞれの思い出を回想し、あるものは寂しさを紛らわせよう
として...。
それらは人と人との間に混じり合い、いや応なく異国の奇妙な宴を盛り上げ
ていった。
「大神さんも、何か食べますか?」
「あ、ああ。」
「どうかしましたか?」
「ん、いや」
――いつもマリアには、『隊長』とばかり呼ばれているからな――
少し戸惑ってしまった。
このパーティーの参加者で、帝国華撃団の関係者は大神とマリアだけだ。
仮にも秘密部隊である以上、二人の隊員としての立場は隠しておかなければ
ならない。
「そうだな、何か頼むよ。」
「はい。」
にっこりほほ笑んで厨房に入っていく。
給仕の手伝いを頼まれたとはいえ、立食形式のパーティーの上に、もともと
内輪の集まりなので大した仕事はないのだが、性格のせいか必要以上に動き回
ってしまった。
――少し疲れたかな――
ふう、と、嘆息した。
会場の方に目をやると、先程からねじばかり食べている男のそばで中国風の
衣装を着た若い女性が、黒い筒を振り回していた。それがピカピカと光を
放つ度に、あたりのテーブルやカップがひとりでに動き出し、もう一人の少女
が8角形の輪具から呼び出した、奇妙な生き物でそれらを迎撃する。その二人
の間で、十代半ば程の少年がおろおろしていた。
「...どうやっているんだ?あれは。」
思わずつぶやく大神のとなりで、豚と鶏をつれた、先の方がふた又に分かれた帽子をかぶった
幼女が、コンパクトの中の香水瓶から野菜達を呼び出していた。
「...深く考えない事にしよう。」
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