ハロウィン大戦〜宴もたけなわ3〜



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投稿者: 天下無敵の恥知らず @ ppp220.tokyo.xaxon-net.or.jp on 97/11/28 16:34:33

In Reply to: ハロウィン大戦〜宴もたけなわ〜

posted by 天下無敵の恥知らず @ ppp220.tokyo.xaxon-net.or.jp on 97/11/28 16:31:56


 大体の片づけが終わった所で、二人は一息入れることにした。

 マリアが手ずからコーヒーを入れる。ほどなく、店内にはいい香りが
漂い始めた。

「あー、肩こった。よくここまで片づけたもんだ。」

「お疲れさまでした、隊長。」

 マリアが笑顔で差し出すティーカップ、を礼を言って受け取る。

「有り難うございました。マスターも喜びますよ。」

 コーヒーを口にしながら、店内を見渡す。

 店の片隅には、集めたゴミがうずたかくつまれ、大きく”X”の文字が
入った鋼鉄製の頑丈そうな箱が――マリアが店内のどこからかみつけてきた
もので、会場内に散乱していた危険物を納めてある――戸口の方に鎮座して
いる他は、テーブルや椅子もきれいに並べられて、すぐにでも営業できそう
なほどである。

 先程までのらんちき騒ぎの跡はもうなく、祭りの後特有の静けさと、寂しさ
が店の中を支配していた。

 そんな寂しさを紛らわせるように、二人はあれこれと喋り始めた。最近の
流行のものや、帝劇のみんなのこと、芝居の稽古のこと、モギリの悲哀、
そして、自分のこと。

「...隊長?」

「うん?、なんだい。」

「私は、謝らなければいけないかも知れません。」

「どうしたんだ? 突然。」

 不意にそんなことを言い出したマリアの意図をはかりかね、戸惑う大神を
よそに、マリアは遠い目をして言葉を続ける。

「私は、隊長を通して、あの人の、『隊長』のことを見ているのかも
 知れません。」

「マリア...」

「あなたも、あの人も、私の『隊長』です。今の『隊長』はあなた。あの人は
 昔の『隊長』。でも、私は今でもあの人のことを忘れることが出来ない。
 ...もう、過去は振り返らないと決めたのに。」

 それっきり、うつむいて沈黙してしまう。

 本人は気がついていないが、そう思ったのは、実は一日、『隊長』という
言葉を使わなかったせいなのだが。

 彼女は、『隊長』という言葉の向こうに、かつて目の前で失った大切な人を
見ていたのかも知れない。もう二度と戻ってこない、あの人を。

 それは、彼女にとって忘れられない過去。振り返るまいとしても、振り返っ
てしまう、あまりに残酷な出来事、あまりに強い、想い。

 だが、それは同時に今の隊長への裏切りでもある。誰よりも大切で、
失いたくない人。そして、その人も自分を大切に想ってくれている。

 その想いを、知らず知らずの内にずっと裏切ってきていたのだ、許される
ことではない。

 少なくとも、マリアはそう思った。

 無論、大神は知っている。彼女の思い出、彼女の過去を。

 店の外では、三体の巨大な鎧武者が、それぞれ強烈な光を放つ剣を持って、
白い巨大鎧武者を取り囲んでいた。

 どこか遠い所でバタバタという爆音と、拡声器越しらしい
『美亜さーん、みゃあちゃーん、博士がおよびっすよぉー!』という
声が聞こえる。

 そう、世の中はうつろい行く、一人一人の感情など構わずに。

 時には理不尽なこともある。無情な別れも、かけがいの無い出会いも。

 大神は知っていた。そうしようと思っても、どうしようもない事もある。

 人というのは弱い生き物だ。弱さの源は、心。悲しみ、絶望し、愚かなこと
を繰り返すのは心があるから。

 だが、人というのは強い生き物だ。強さの源も、心。喜び、夢を見、自らの
行いを正し、大切なものを守ろうとする心。

 その心はマリアの中にも、そして大神の中にもある。

「俺の心は変わらないよ。」

「...隊長。」

「最後の戦いのとき、俺が何て言ったか覚えているかい?」

「...はい。」

 忘れるはずが無い、彼女がはじめて自分の弱さを認めたとき、
この人が言ってくれた言葉...

「俺の心は、あの時と変わらない。何があろうともね。」

 顔を上げたマリアの目を、まっすぐに見つめながら、優しく言葉を続ける。

「俺はマリアを守る、だから心配するな。」

「...すみません。」

「謝ることなんか無いさ、思い出してあげなくちゃ可哀相じゃないか。
 マリアがその人のことを忘れてしまったら、どうするんだい?」

「...そうですね。」

「もし、思い出して辛くなってしまっても、俺がいる。俺が支えてあげる。
 それくらいはできるつもりだよ。それとも、俺じゃ力不足かな?」

「そんなことはありません!」

「だったらいいじゃないか。俺にとって、マリアはかけがいの無い大切な人だ。」

「私にとっても、大神さんは大切な人です。」

「ありがとう。うまくいえないけれど、誰だって、大切な人は一人とは限らないよ。
 これからだって、何人も出来るかもしれない。両親や、友達とかね。」

「...友達、ですか。」

 マリアの瞳に、少し気落ちした色が見えた。

「ちょっと意地悪がすぎたかな? やっぱり嫉妬しちゃうよ。『隊長』には
 負けられないね。」

「そうですね、がんばってください。」

 そういって、二人は弾けたように笑い出した。

 空が、白みはじめていた。夜明けが近い。

 結局徹夜で話し込んでしまったことになる。もう、祭りも終わりに近い。
明日からは、また忙しくもやかましい毎日が待っている。もうしばらくすれば、
街も人も目を覚まし、それぞれの一日が始まる。

「マリア、愛してる。」

「私もです、大神さん。」

 そういって二人は見つめあう。

 化け物達の宴は終わり、世界中の街を跋扈して、様々ないたずらを仕掛けた
小さな悪魔達は去っていく。そう、おやつをくれないといたずらをされるのだ。

 夜が明けて、曲がりなりにも朝帰りを果たした二人を取りまいて、大帝国劇場では
また一悶着あるのだが、それはまた別の物語である。