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VR @ 202.237.42.71 on 97/11/11 12:19:38
ハロウィン大戦『それぞれの一夜、それぞれの想い』
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彼女が休暇を申し出る事が、余程珍しいのだろう。米田はしばらく、
由里の顔をまじまじと見つめた。
「休暇?おめえさんが?……どうしたい、珍しいじゃねえか。」
「ちょっと、実家に用が出来てしまって……。」
笑顔で答える由里。そして、彼女の嘘は完璧だった。
「(読めねえ……。)」
米田はいぶかしげに眉をひそめた。由里は、普段から休暇が欲しいとか、
早く帰りたいとか、愚痴をこぼしてはいる。しかし、実際に休暇願いを
出してくることは滅多にないのだ。それなりの理由がある、そして今、
彼女は嘘をついている……。陸軍に米田ありとまでうたわれた彼でも、
悲しいかな見破れるのはそこまでであった。
「やだー、そんなに難しい顔しないでくださいよー。無理なら無理で
いいんですから。」
またしても完璧な笑顔を見せる由里。ますます米田の疑いは深くなった。
「ん?ああ、いやいや何でもねえ。いいよ、言ってきな。後のことは……
大神にでも、まかせて、な? だーっはっはっは!」
思考を悟られまいと、米田も豪快に笑い声をあげた。
「さっすが、支配人。話せるうー!んじゃ、二日ばかり
休ませていただきます!どうも、失礼しました。」
笑顔を残して、由里は支配人室を後にした。扉が閉まる音を
聞き終えると、米田はふうっ、と息をもらした。
「(自己防衛の笑顔か……ありゃあ、病的に見に付いたもんじゃあ
ねえ……。相当、訓練されてやがる。……ふっ、この俺が、本心を
見抜けねえなんてな……。)」
米田は、しかし不快でもなく、一本取られたといった心地であった。
そしてそれ以上、彼女の事を、彼女の本心を探ることをやめた。
「あれ?由里はん。そんな格好して、何処ぞ出かけるんかいな?」
呼び止めるのは紅蘭の声。そんな格好、と言ったのは、彼女が
彼女らしからぬ地味な服装だったからだ。
「ええ、ちょっとね。紅蘭もどうしたの、埃だらけじゃない?」
「ん、これか?なんや、明後日はハロウィンとかいうお祭りでな。
専用の舞台をこしらえるさかい、舞台裏をかけずり回ってたんや。
みんなも、えらい張り切りようやでー!」
「……そう。」
「な、なんや由里はん?そないな顔して?」
「今から言う事は、あなたのせっかくの気分を害するわ。」
紅蘭の目が刹那、鋭くなった。戦場でさえ見せない表情だったかもしれない。
「……なんや、水くさいな。遠慮することないで。ウチとあんたの仲やろ。」
「……軍部施設を調べてくるの。最近、不穏な動きがあるわ。」
「……『幻武』とかいう、例のアレか?」
紅蘭も、噂は耳にしている。夢組が、専用の霊子甲冑を試作していることと、
それが花組の立場に深く関連するであろう事も。
「……ウチ、買いだしのついでに、浅草まで足延ばしてみるわ。
花やしきの工場に、光武以外の生産部品が流れてないかどうか、調べてくる。」
「ごめんね、紅蘭。損な役回りばかりさせて……。」
「はは、それはお互い様やろ。ほな、いってらっしゃい。……気をつけて、な。」
「うん……。」
由里は交差点を渡り終えると、帝劇の方へと振り返った。テラスからは、
ハロウィンの公演を宣伝する垂れ幕が降ろされている。
穏やかな町のざわめき、笑顔で行き交う人々。週末の銀座は
慌ただしく、それでいて優しい時間が流れている。
「(いやな休日になりそうね……。)」
由里はもう一度強く、帝劇を見据えた。
(続く)
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