ハロウィン、その後の帝劇/その四(長文)



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: VR @ 202.237.42.71 on 97/11/25 18:21:15

In Reply to: Re: ハロウィン、その後の帝劇/その二(長文)

posted by VR @ 202.237.42.71 on 97/11/25 18:18:31

=============================
 ここは帝劇の角にある細い通り。早朝だけに、人通りは
全くない。最も、人目がないからこそ、俺達はこんな所に
立っていられるのだが。

 俺が倒した者たちの残留品。それを彼女は片付けていたのだ。
手伝おうとも考えはした。が、割ってしまった切子の器を
怒りもせずに片付けている母親を見ている様、とでも言おうか、
何となくバツが悪い。背中にかける言葉も見つからず、俺は彼女から
視線をそらして、朝もやに浮かぶ街なみを眺めていた。

 時折横目に映る彼女の顔は、正直あまり見たくない表情だった。
まるでそこに地面が無いかの様な、今立っている場所よりも
もっと深い場所を眺めている視線。浅草十二階から街を
見下ろす人々と違う点があるとすれば、そう、それは笑顔ではないと
いうことのみであった。今彼女がそんな表情をしているのは事実だし、
彼女にそんな顔をさせる要因はと考えると、込み上げる感情は
不快の一言である。


「大神さん。」
 彼女の言葉で、俺は我に返った。
「劇場に戻りましょう。」
 俺が答えるが早いか、彼女は帝劇の玄関へと歩きだす。俺も
それに続いて、先ほどの現場をちらりと振り返りつつ歩き出した。


 ロビーに入ると、椿は売店の机から何かを取り出して、俺に
差し出した。黄色い小さな箱、売店にいつも並んでいるキャラメルであった。
「お疲れ様。」
 いつもの笑顔と共に、彼女が言った。何に対しての『お疲れ様』かは
よく分からなかったし、多分それで良かったのだと思う。お代は
いらないのかい、などという野暮ったい台詞を抑えこみつつ、
「……お疲れ様。」
 キャラメルの箱を受け取り、俺も笑顔で答えた。


 もう彼女は売店の準備を始めている。俺はキャラメルを一つ
口にほうり込みながら、ある疑問に頭を悩ませていた。

 それは、何故彼女がこれを無料でくれたのか、ということ。

 失礼かもしれないが、彼女はそういう事をする人間ではないのだ。
精一杯の心使いと、しっかりした現実面の処理。そういう人物だ。

 このキャラメル、栄養が豊かで喉にも良く、疲労回復も
早まるというので、花組の面々にも愛されている品らしい。
帝劇に来てから、俳優の前で煙草はまずかろうと思い、
煙草の代用として何かないかと考えた。そこで彼女に
勧められたのがキャラメルだったのだ。
 俺が吸っていた『ゴールデン・バット』に比べて二銭高い
という事を知り、やられた、と思った。今ではこれが気に入って
しまい、すっかり喫煙グセが治っている。


                   (その四へ)