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投稿者:
えんかいくん零式 @ slip202-135-63-71.kw.jp.ibm.net on 97/11/08 22:19:19
「ああ、もうこんなに暗くなっちゃった」真宮寺さくらはつぶやいた。
道場の窓から見た時には、夕焼けで空は真っ赤に染まっていたのだが、さくらが警視庁の正門から見送られる頃には、辺りはもう薄暗かった。空を見上げると数匹の蝙蝠が飛び交ってる。
「早く帰らなきゃ」
その日、さくらは丸の内の警視庁で剣術の修練に汗を流したのだった。仙台時代に剣術を教わった先生の剣友が、警視庁と皇宮警察の師範をやっており、請われて練習に訪れたのだ。警官たちは、はじめは小娘とみて冷ややかだったが、結局のところ誰一人としてさくらに打ち込むことはできなかった。最後にさくらが霊剣・荒鷹を使って居合いの演武を見せるころには、剣道部以外の警官までがうわさを聞きつけて道場に集まり、警視庁剣道場に割れんばかりの拍手が巻き起こった。練習後、警官たちはさくらを取り囲むと、食事を誘う者あり、サインをねだる者ありで大騒ぎとなってしまったのだった。
さくらは初代警視総監の銅像の横に止めておいた自転車に荷物を載せた。その自転車は売店の売り子・高村 椿に借りたものだ。霊剣・荒鷹を丁寧に荷台に結わえながら、ふと見渡した宮城(きゅうじょう)の杜は、風にざわめくほの暗いシルエットであった。秋風の冷たさにさくらは少し身震いをした。そういえば十月も今日で終わり、明日からは十一月になる。帝劇の看板も今日から『つばさ』に掛け替わった。早く帰って最後の稽古に参加しなくてはならない。
さくらは自転車に乗ると銀座に向って走り始めた。
「こんなに遅くなって・・・みんなに怒られちゃう」
そういえば米田支配人と大神も今日は遅くなるといっていた。二人は花小路伯爵から呼び出されて、内務省に出向いたのである。先月の事件の最終報告・・・と、いうのが建て前であるが、米田と花小路伯爵は昼間から酒席を設けて一杯やるつもりらしい。年寄り二人の酒の肴に大神が呼び出されたのだと、あやめが笑っていたのを思い出した。
数寄屋橋を通り過ぎたあたりで、突然、さくらは総毛立つような気配を感じて自転車を止めた。
そこには古びた洋館が建っていた。今は誰も住まない無人の洋館。界隈の人々が『おばけ屋敷』と呼んでいる館であることは、さくらも知っていた。今、その洋館から不気味な妖気が漂ってきていた。そして、それは次第にさくらの廻りにまとわりつくように渦巻き始めている。
「いけない・・・私の血が・・・何かを呼び起こしてしまった」
ほの暗い敷地の奥、青白い二つの光がさくらの目に止まった。
「なに・・・?」さくらは、暗がりを覗き込んだ。
驚いたことに、そこには一人の道化師が立っていた。まがまがしい、氷のように無表情の道化師。いや、それはよく見れば道化師の仮面を付けているようだ。
「・・・とり・・っく・・・おあ・・・とりぃぃぃとお・・・・」
次の瞬間、道化師は突然宙に舞った。
「きゃああぁ」
さくらの叫び長くは続かなかった。舞い下りた道化師がさくらを自転車から叩き落とすと、人間のものとは思えない力でさくらの体を屋敷の敷地内に引きずり込んだ。
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