小説「犬(dog)」第五回



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投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y121.peanet.ne.jp on 97/10/18 00:00:40

 何気ない朝。
 トースターの焼き終わりの音。
 洗濯機の回る音。
 目覚まし代わりにコンポから流れる、地平線の風のような気持ちのいい音。
 家の前を通り過ぎる車の音。
 遠くに聞こえる踏切の音。
 なにかを焼く音。
 バターの香り。
 カーテンの隙間から朝の光。
 昨日の部屋。
 体はかおりんのもの。
(まだ、僕じゃない。)
 まず、靴下を左足から履き、セーラー服に着替えた。
 時間割を見つめ、教科書を入れ替え、ノートを入れ替え、ジャージを持った。
(僕の朝と変わらないな)
 “トースターの音とバターの香り”の部屋へ向かう。
「あ、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
 部屋に入ったとたん、家族からのお出迎えの言葉。何気ない、いつも通りの朝のあいさつ。
「おはよう」
(やっぱり異世界でも“おはよう”なんだ。昨日もそうだったし、あいさつはみんな、同じなんだな。さわやかだ)
 カリカリ音を立てて、トーストにマーガリンを滑らせる。いちごジャムを滑らせる。
 スクランブルエッグをそのまま食べる。バターの香り。
 少し焦げかけのベーコン。丸めて口に放り込む。
 フォークですくいながら、コーンポタージュスープを飲む。
 雪印3.5牛乳1lパックを、目の前のコップに注ぎ、口に入れ、よく噛んで飲む。
(こんなふうに穏やかな生活、いいな)
 父さんが一番先に食べ終える。食卓から離れる。会社へ向かう。
「いってきます」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃい」
「いって、らっしゃ〜い」
(なんか、家族、してる)
 隆司が食べ終える。トイレに入る。
 かおりんが食べ終える。新聞を読んでみる。
(やっぱ番組、全然違うな。あ、4コマもあるのか。スポーツも違うな。マラソンっていったら、行川でしょ)
 隆司が学校に向かう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃ〜い」
(普通だな〜)
「かおり、あなたもそろそろ行かないと遅刻よ」
「は〜い」
(そういや、どうやって行けばいいんだ?う〜ん、ま、なんとかなるだろう)
「あ、お弁当、持ってきなさい」
「え、あ、はい」
(あれ?そういや、僕、これ、昨日カバンの中に入れっぱなしだったよね。いつのまに取り出したんだ?)
 かおりんは“白ブタ”のきんちゃく袋に入った弁当箱を学生カバンに詰め込んで、
「いってきま〜す」
「いってらっしゃ〜い」
 家を出た。とりあえず前の路地を左に折れてみた。
「おはよう」
 坊主頭で制服の男の子が左から声をかけてきた。
「え、あ、おはよう」
(誰だ、こいつ?ま、いいか。こいつの後付ければ学校行けるだろう)
「今日はゆっくりなんだね。あ、ブラバンの朝練がない日か」
「え、あ、そう」
(なんだ、その白々しい台詞は)
「今日の英語の訳やってきた?」
「え、そんなのあったの?知らなかった」
(宿題か・・・。でも所詮、中学の英語だろ。楽勝だな)
「あ、じゃあ俺の見せてあげようか?」
「え、いいよ」
(この下心見え見えの男はなんなんだ?もしかして手紙の主か?)
「遠慮しないでいいよ。いつも俺が見せてもらってるからそのお返しだよ。ね?」
「いや、本当に要らないよ」
(しつこい奴だな。そういうの嫌われるよ)
「でもさ〜」
「学校行ってからやるから」
(も〜、このガキ君は)
「あ、そう?でも、わからないとこあったら俺、教えるから」
「うん。そうして」
(わからないとこがあるわけないだろ)
 “坊主頭”はその後、自分の部活について話し続けた。
 かおりんは適当に返事をし続けた。
 そして学校に着いた。
「かおりん、おはよう」
 下駄箱でおかっぱの女があいさつをしてきた。
「あ、おはよう」
(だれ?)
「今日の英語の訳やってきた?」
「いや、やってきてないけど」
(またそれか)
「そう。昨日、教科書持って帰るの忘れちゃって、できなかったんだ」
「あ、俺やってきたよ」
「え、ほんと?」
「うん、なんならうつす?」
「でも、佐藤の訳は当てにならないんだよな」
(あ、この坊主、佐藤って言うのか)
「今日はちゃんと辞書見たから大丈夫だよ」
「そう?なら借りよっかな?」
「じゃあ教室で渡すよ」
「うん、お願いね。あれ、でも、かおりんはいいの?」
「いいよ別に。その場でやるから」
(なんでみんな、そんな気にするのかな?)
「でも、やってきてないのばれたら、先生に怒られるよ」
「大丈夫だって」
(でも、怒られるのやだな)
「後で後悔しても知らないよ」
「え、うん」
(後悔なんてしないよ)
 窓側の後ろから二番目の席に、男子が座っていた。
「おはよう」
 天川があいさつをし、隣に座った。
「おはよう。あ、昨日の渡してくれた?」
「え、昨日のって?」
「あの手紙だよ。手紙」
「あ、渡しといたよ」
「それで、どうだって?」
「どうっていわれても、なんか困ってたみたいだよ」
「え、あ、そう」
「でも、結構うれしそうにもしてたよ」
「ほんと?」
「うん、でもまだ、好きとか嫌いとかわからないって」
「へ〜」
「ま、そのうち返事が来るでしょう。あんたなんか大嫌いって」
「そりゃないよ」
「冗談よ、冗談」
「は〜、返事いつ来るのかな?」
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第一〜四回掲載:http://www.peanet.ne.jp/~t-i1979/dog0.htm
第六回掲載予定日:11月
以降掲載予定日:未定

著者の独り言:
すいません。今回のは内容があんまりありませんでした。それに、前回に引き続き細かく書き過ぎました。それを嫌って途中で切ったら、なんかおかしくなってしまいました。こんなところでのんびりするような物語じゃないのにな。次回からもっとスピードアップしてお届けします。でも、また遅くなってしまうのかも・・・。
それにしても、最初の方の文章は「THIS IS・・・」(女の場合)の方がお似合いなのでは?って感じですね(笑)。