仮想外伝4幕、帝劇如月野外公演、後編 3



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投稿者: Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/05 14:44:12

In Reply to: 仮想外伝4幕、帝劇如月野外公演、後編 2

posted by Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/05 14:39:48

ドンドンドン、

 ナレーション:「カンナが来たときのように戸口を激しく叩く音。また誰かが宿を求めに来たようだ。さくらがふわりとした動きで戸口を開けにかかる、カンナの時もこんな動きだったかと思うとカンナの心に吹雪が走るようであった。

 「まったく、ひどい吹雪ですわ。おかげで使用人とははぐれるし、いい迷惑ですわ。」

 ナレーション:「彼女は神崎すみれ、この辺り一帯を取り仕切る庄屋の娘でその美しさと気高さを知らない者は村じゅう探してもみつからない程だった。」

 「あら、誰かと思えば木こりのカン太郎さん、でしたっけ。奇遇です事。」

 「俺ゃあカンナだ。全く人の名前もちゃんと覚えねえ奴だ。」

 「ま、何という口の聞き方。私は庄屋の一人娘ですわよ、それを」

 グウゥゥゥゥゥゥゥ、

 すみれの空腹感が火に油を注ぐ一歩手前で制動装置の役割を果たした。勿論、これは擬音である。

 「何だ、腹が減ってるのか、じゃあ鍋を食えよ。うまいぞ、この娘さん、さくらさんってんだがこの娘さんが作ったんだが絶品だぞ。」

 「ふん、誰がその様な汚らわし…」

 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、またしても擬音。

 「ふん、仕方ありませんわね、そこまで言うなら食べて差し上げますわ、この神崎すみれに食べられると言うだけで鍋の食材も幸せでしょうし、鍋にも箔ががつくというものですわ。」

 「はいはい、どうぞ。」

 カンナの差し出した鍋をすみれはがっつく。かなり腹が減っていたのだろう、優雅や豪奢とは形容しがたい食べっぷりである。

 「おお、いけるなぁ。」

 その一言で我に帰ったすみれは取り繕う。

 「鍋の声が聞こえましたのよ、すみれ様に食べて頂けて光栄です、と。鍋からわたくしの口に飛び込んできたのですわ、おーっほっほっほ。」

 「はいはい。」

 ナレーション:「村でこの性格を知らない者もまたなかった、故に扱い方も皆慣れたものであった。」

 「あら、ですがこの方は見かけない顔ですわね。さくらさん、でしたっけ。」

 「はい...」

 「まあ。元気のない声ですこと。いいことですわね、人からものを尋ねられたらもっとはっきりしゃべるのが人の道と言うものではございませんこと?」

 「はい........」

 あのすみれに人の道についての説教が出るとは思わずとも、さくらは演技を続ける。当然すみれの台詞も演技なのだが、あまりにも日常会話との変化を探索しづらい。

 「もういいことですわ、でもさくら、どこかで聞いた名ですわね、」

 「今日はもう遅うございます、お布団もありますからどうぞ。」

 「おお、ありがたい。ご厄介にな‥」

 カンナの言葉に割り込んですみれが質しに入る。

 「さくらさん、貴女、ここで一人暮らしなんですの?」

 「はい...それが何か?」

 「そうだぞ、お嬢さん。大したことじゃない。こんな山奥に父母を亡くして一人でひっそり住まう、かぁ〜、泣かせるねえ。」

 「自作の三文芝居の脚本で感涙してる場合ではございませんことよ。だから脳みそまで筋肉でできているのですわ。(ヒソヒソ………いいこと?こんな山奥に一人暮らし、なのに一人では食べきれない量の鍋、布団まで用意していると言うじゃありませんか、おかしいとは思いませんの?あなたは。…ヒソヒソ)」

 「(こらすみれ。おめぇ、調子に乗って何ぬかしやがった。後で覚えとけよ。)…考えすぎだよお嬢さん。娘さん、寝る前にもう一杯くんな。」

 「やれやれ、単純ですこと。」

 「お腹いっぱい食べて下さいね。」

 ふっと部屋の明かりが消えて眠りの舞台へ。

 ナレーション:「2人は囲炉裏の側に布団を敷いてもらい、さくらは隣の部屋で眠る。隣の部屋には火もなくて寒かろう、カンナはその事が気がかりで寝付けなかった。すみれの方は一見大人しく眠っているようだった。」

 「寒かろうに、おい、囲炉裏の側に来たらどうだ娘さん。」

 カンナが戸を開けると、そこに彼女はいなかった。その代わり部屋一面にびっしりと雪が、いや、半氷状態のそれが張り付いている。

 「そういうことでしたの。」

 「お、お嬢さん。起きていたのかい。」

 「ええ。わたくしこの様な状況で熟睡できるほど単細胞ではございませんことよ。」

 「何が言いたい?」

 「っ、(何か引っかかりますわね。)この地方に伝わる雪女伝説はご存知?」

 「ああ、あれかい。自分の家に招き入れて寝込みを襲って凍り漬けにしちまう冷酷な物の怪のことか。て、お嬢さんあんた、あの娘さんが雪女というのかい?」

 「この状況を見てそう思いませんこと?どだい、こんな部屋を見せつけられては疑問の余地もありませんわ。」

 「おい、何処に行くんだ。」

 「知れたことですわ、ここを出て村に急ぐのですわ。」

 「外はまだ夜だぞ、それに吹雪が。」

 「雪女に取って食われるよりはマシというものですわ。」

 ナレーション:「カンナの制止も聞かずにすみれは出ていく。それを追ってカンナも再び吹雪く山中に出ていくこととなった。」

 「ここでまた山に転換や。ちと手伝ってや、かすみはん。」

 「ええ、扇風機のスイッチを入れるのね。」

 「そうや、頼んます。」