読切「頭文字O(イニシャル・オー)」



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: HRK @ prxc2.kyoto-inet.or.jp on 98/1/13 00:52:35

夜の静寂をうち破り、峠に爆音が響く。
森の住人たちの眠りを妨げ、疾走する1台のマシン。

それは決して広くはない峠の道を凄まじいスピードで駆け抜ける。
常人が見れば狂ったかのように見えるその走りは、実はそのドライバーの知識と、
経験と、一線を越えたドライバーだけが持ち得る鋭い「勘」によって
完璧に計算され、完全に制御され、そして非常に安定しているものだった。

そのドライバーの名は、大神一郎。
後に希代の名ドライバーとして帝国中にその名を轟かせ、
ついには世界の頂点にまで登りつめる男である。

彼の操るマシンは、通称「七丸」と呼ばれ、
排気量2.5リッター、最大出力280馬力、ツインターボ、ワイドボディという
スペックを持つ。
やや古いマシンで、その大きさと重さから、峠のようなワインディングを走るには
不利な点が多いのだが、大神はその人並外れたドライビングテクニックで、
その峠でナンバー1を誇っていた。

やがてマシンは、この峠1番の難所である、3連ヘアピンにさしかかった。

大神は、ギリギリの所まで減速せずに1つ目のコーナーに侵入すると
一気にフルブレーキをかけ、車体の過重をマシンの前部に移動させる。

ブレーキは激しいブレーキングに熱を帯び、夜の峠に灯をともす。

彼は素早くサイドブレーキを操り、後輪をロックさせ、ステアリングを切る。
ロックされた後輪はコーナーのアウト側に滑り出し、悲鳴を上げる。
過重の移っている前輪はそのグリップ力を最大限に発揮し、マシンをコーナー出口に導く。
フロントフェンダーが、イン側のガードレールを寸での所でかわしコーナーを抜ける
そして第2、第3のコーナーも、彼は持ち前の勘と神業のようなドラテクで
難なくクリアしていった。

しばらくしてから、その峠を一望できる山頂の展望台に、彼は着いた。

そこにはいつもの走り屋連中と……、見慣れない車が1台止まっていた。
その車は「一零八(テンエイト)」という、最大出力は大神の七丸より劣る、
205馬力だが、コンパクトなボディーを持つことから、多くの走り屋に支持を受けている。

そのテンエイトは深い緑色にオールペンされており、エアロパーツでガチガチに固めてある。

「どう見ても湾岸仕様だが…、ここに何のようだ?」
車を止め、外にでた大神は訝しげにそのテンエイトを眺めた。

「あんた、なかなか、ええセンスしとるやんか。」



To be continued