リレー小説『土星』 第2部



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 98/3/23 16:04:15

In Reply to: リレー小説『土星』 第1部

posted by さすらい @ 133.65.41.10 on 98/3/23 16:01:17

第2部 『殺戮者たち』

「いやー、これで帰れるな。ちょっと物足りない気はするが」
 睦月清一郎はそう言うと、お得意の皮肉な笑みを浮かべた。
「そーネッ! me、もちょっと遊びたかったですネー!」
 長月薫が陽気に言い放つ。血塗れの床をぴちゃぴちゃと言わせながら歩いている彼女は、とてもこの場にそぐわなかった。
「まっ、そーだよなー」
卯月修平がそれに付け足す。薫と修平はともに殺戮を陽気にこなす性格なので、気が合うらしい。
「それにしても・・・他の方々はどうなっているのかしら・・・?」
 如月亜子が心配したような声を出す。いつでも冷静沈着な彼女は、よく長月らと組んで、暴走を押さえる役割を果たしている。
「・・・・大丈夫だろう。我々は・・・・選ばれているのだ」
 水無月圭祐が感情のない声でそう答えた。
 亜子はそちらを見上げると、少し目を和ませる。
「そう・・・ですわね」
「そうそう、気にすんなよ。・・・・・ん?」
 清一郎が亜子に話しかけようとして・・・・言葉が止まる。
 清一郎の横にいた菜之が小首を傾げて清一郎を見上げる。かなりの身長差があるこの2人、いつも並んで歩いている事が多い。
「清一郎さん、どうしたんですか?」
「いや・・・葉月が呼んでる。俺ちょっと行って来るわ」
 そう言うと他のメンバーの返答も聞かず、清一郎は虚空にかき消えた。
「相変わらず素早いですわね」
 亜子が苦笑いをする。
「あー、清一郎さん行っちゃったのかよー。瑠美さんに会いたかったのにぃ」
 修平がさも残念そうに言う。
 亜子はどうも納得がいかないようだ。
「でも葉月さんが人を呼ぶなんて・・・・」
「何かあったんでしょうか?」
「・・・・・あの2人に任せておけ。我々には我々のすべきことがある」
「でも・・・・・」
 静かに諭す圭祐に、亜子は少し納得がいかないらしかった。
 話に加わっていた菜之も、圭祐に反論する。
「そうですよ、もしかしたら結構手強い・・・」
「強い!? me、行きたいですネーー!!」
 菜之の言葉を遮って、薫が手を挙げる。まるで遠足の長の立候補を募っているときのような格好である。
「・・・ま、後で報告を聞くしかないですね」

 5人は長い通路をてくてくと歩いていた。惨状は彼らにとって日常であり、顔をしかめるものでも悲しむものでもなかった。
「・・・・・?!」
 突然、菜之が足を止めた。どうやら聴覚に神経を集中させているようだ。
「どうしました? 菜之さん」
「聞こえるんです・・・」
端的にしかものを言わずに聞き入る菜之に、亜子は首を傾げた。圭祐はその闇のような目を一瞬光らせたのみで、何も言わない。
「ん?? どーしたのさ?」
 先を歩いていた修平たちも、後方3人が足を止めているのに気付いて、歩調をゆるめる。修平たちの目の前は下り階段になっており、斜め左右にはこのフロアのどこかに続く道が広がっている。4叉路である。
「声が聞こえます・・・。このフロアからだわ」
 菜之は聴覚の面に置いて秀でている。その他脚力もかなりあり、たとえて言うならば容姿も含め’ウサギ’という形容詞が彼女には当てはまるだろう。
「・・・・菜之が言うならば間違いない。左右のどちらかに何かがいる・・」
「そうですね、2手に別れましょう。見つけた方は他方にテレパスすること」
 圭祐の言葉を継いで、亜子がテキパキと指示を下す。
「ハーイ、me行って来ますネー!!」
 そう言うと薫は一目散に右へと走っていってしまった。それを修平が追いかける。
「おい、待てよぉ・・・・」
 残された3人は顔を見合わせると、軽くため息をついた。
「では、私たちは左へ」
「ハイッ!」
「・・・・・」
 軽快な足音が、かつての軍服の音を制し、今廊下に響きわたっていた・・・・。

* * *

「おいっ、そんなに急ぐなよっ」
 修平が息を切らして追いかける。薫はその体力に任せて爆走するので、止めるのは至難のワザなのである。
「修平、急ぐですネー!!」
 薫が遠方から手をぶんぶん振るのを見て、修平は思わずため息をついてしまう。
 あれから2人はずっと直線を進んでいた。ただ廊下が続くのみで扉がない。
「確かに声が聞こえるね・・・・」
 そう、さっきから声は修平の耳にも届くようになっていた。ちょっとくぐもった弱い声。必ずどこかの扉の中にいると修平は確信していた。
 途端、薫の姿が目の前からかき消えた。
「・・・なっ!? 薫っ??」
「meはこっちヨー!」
 よく見ると左の壁から薫の手が出ている。どうやら左に90度に曲がっているようだ。一応の用心をしながら角を曲がるがなにもない。前と同じような扉のない廊下が続くばかりだ。
「っかしいなぁ・・・・」
 修平が顔をしかめながら走っていると、突然前方の薫が立ち止まる。
「っなんだよっ!?」
「Be quiet! エモノ、いますヨー」
 薫が袖を掴み、にまっとした笑みを修平に向かって投げかけてくる。修平が前方を見ると確かに・・・いる。兵士たちが3人彼らの目の前で警備をしている。しかもその背中越しには扉が見えている。修平の顔はおもわずにやけていた。
「よし、いっちょいきますか」
「Of course!!」
 修平と薫がダッシュをかける。その足音に気付く兵士。
「なんだ、なんだっ」
 兵士が銃を構える。が、遅い。その時には修平と薫はもうお互いの獲物の前に入り込んでいた。
 薫が大きく床を蹴って天井近くまで飛び上がる。その素早さについていけず呆然とする男の後頭部に蹴りを入れる。ごきりと鈍い音がして、男は口から血を吐きながら床に沈んでいった。
 修平は薫とリズムを合わせるようにしながら、片手に溜めていた気を目の前の男に向かって放出する。男は声を出す暇もなくどさりと倒れ込む。腹部には黒々と大穴を開いている。
「ひぃっ」
「待ってよ、っと」
 残った1人が後退していこうとするのを、追う修平。すぐさま足払いをかける。その時に銀色の何かが後方に滑っていったのを視界の片隅で見たものの、それについては気にしなかった。それに続いてごふっという喉の音が聞こえる。薫が倒れた男の喉めがけて、肘をうち下ろしたのである。
 こうやって3人の警備員はいともたやすく倒されてしまった。倒した本人たちはさっぱりしたような物足りないような表情で互いを見ている。
「・・さて・・・行くか」
「yes〜!!」
 死体を飛び越え、声の聞こえるドアに手をかけようとした瞬間・・・。
『あれ・・・・・?』

* * *

「菜之ちゃん、こっちで大丈夫そう?」
 亜子は走りながら、前を行く菜之に声をかけた。
「大丈夫です。声が大きくなってます」
「そう・・・・」
 視界には近づいては過ぎていく白い壁のみが入る。パイプの類も見られない。どこまでも続いていきそうな廊下だった。
 菜之が辺りをきょろきょろと見回す。
「おかしいですね・・くぐもっているから、どこかにドアがあるはずなのに」
「・・・確かに・・・なにもないな・・・」
 圭祐は先程から壁を観察していた。どこにもノブはおろか、壁の区切れさえ見られない。おかしな作りだった。天井も念のため見上げてみたものの、何も無かった。
 そうしているうちに道は90度右へと折れていた。曲がってみても先程と変わらない風景が続く。
「あ・・・?!」
「どうしたの?」
 菜之が突然あげた小さな叫びに、亜子が反応する。
「戦闘音が聞こえます・・・」
「・・・・・誰か居るのか・・・・・」
 自然、足音を消していく3人。その音源に近づいて行ったと思ったとき、目の前に銀色のものが飛び込んできた。
「亜子さん、あれ!」
「・・・鍵、みたいね」
 菜之が指を指したそれは、ちゃりんと音を立てて滑ってきた。亜子がそれを拾う。確かに鍵だった。ただ、何の変哲もないのでどこの鍵なのかは全く分からない。
「・・・ドアがあるぞ・・・・」
 圭祐の言葉に2人が顔を上げる。確かに目の前にドアがあった。偶然と言えば、出来過ぎた偶然である。しかし、やってみる価値はあった。
「声もあそこから聞こえます」
「・・やってみましょう」
 亜子が意を決して鍵をドアに差し込もうとした瞬間・・・。
『あれ・・・・・?』

* * *

『なんでみんなここにいるのっ!?』


 亜子・菜之・修平の声が重なる。皆、驚きの表情を隠せない。圭祐は相変わらず無表情のままであり、薫はきょとんとしている。
「とにかく・・・開けましょ」
 亜子が気を取り直して鍵を持つ。修平がそれを見て、素っ頓狂な声を上げる。
「あー! 俺が倒したときのあれ、鍵だったのかぁ」
「あ・・・戦ってたの、修平さんたちなんですか」
 それを聞いて菜之がほっとした声を上げる。ここで兵士が現れたりして話がややこしくなるのを内心おそれていたのだ。
「そう! meたち、殺っちゃいましたネー」
「おう!」
 薫が嬉々とした声を上げる。修平も楽しそうだ。
 後ろでそうこうしている間に、亜子は鍵を差し込んでいた。かちゃりという音がして、簡単に扉が開く。中で何かが動いた気配があった。
「・・・行くぞ・・・・」
 圭祐がドアに手をかける。その声を聞いて後ろもすぐに静まった。ゆっくりとノブを回し、中に光が射し込んで行く。

「・・・・」
「まあ・・・・・」
 5人が見たもの、それは・・・・全裸の少女だった。長い髪が床に肩に乳房にと流れ、その色は緑褐色をしている。青白い肌は、白い床にとけ込んでいきそうだった。手足は縛られ、体は横倒しになっている。長いまつげが合わさり、時折小刻みに震えてる。閉ざされた口から時折うめき声が漏れるものの、彼女が意識を失いかけていることは一目瞭然だった。
「すげぇ・・・・」
 修平が思わず見とれる。これほどまでに綺麗な少女はなかなかいない。隣でまだきょとんとしている薫を見て、ため息などついている。
「あ、もしかして・・・!」
 菜之が突然声を上げる。
「なに? 菜之ちゃん、何か知っているの?」
「ええ・・・写真でちらっと。彼女木星のアンファーンテリブル:リアナじゃないでしょうか・・・」
 菜之が自信なさそうに言う。それを聞いて驚く修平。
「まさかっ! だって葉月さんが捕獲しに行ってるはずだろ」
「もしそうだったら、木星軍『滅光』、使えませんネー」
 薫も同調する。亜子も少しいぶかっているようだった。
 その時、圭祐がいきなり口を開いた。皆が驚いて圭祐の方を向く。
「・・・・あり得るかもしれん・・・・」
「どういうことです?」
「ここも木星の管轄内だ。転送することなど容易いだろう・・・・・」
「でも、『滅光』はどうなるのさ?」
 修平が反論する。
「・・あの葉月が救援を呼んだのだ、何か“代わり”がいるのだろう・・・・」
「代わり・・・」
 菜之がつぶやく。圭祐はそこまで言って一端口をつぐむと、菜之の方に向き直った。
「・・確かにリアナなのだな・・?」
「ええ。葉月さんが師走様から見せていただいていた写真を見たんです。それにこんな顔忘れるはずありません」
 一生懸命説明する菜之を、亜子・修平はじっと見つめる。菜之が話し終わってからもしばらくそうしていたが、同時にふっと息を抜いた。
「わかんねーよ。でもコイツのパワーは凄い」
「そう考えてもよさそうですね・・・」
 4人は無言で頷きあった。1人きょとんとしている薫に向かって、圭祐が声をかける。
「薫、こいつを本部まで運んでくれ」
「okネー!」
 そう言うと薫は造作もなく少女を掴むと、ひょいと自分の肩に乗せた。それを確認した圭祐が皆に向かって頷く。
「・・・・帰るぞ・・・。《七罪衆隊、これより帰還。木星のアンファーンテリブルを捕獲。未確認です》・・」
「《−ごくろうさまです・・・・》」
どこからともなく師走の声が響き、6人の姿は虚空にかき消えた。