リレー小説『土星』 第3部



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 98/3/23 16:06:15

In Reply to: リレー小説『土星』 第2部

posted by さすらい @ 133.65.41.10 on 98/3/23 16:04:15

第3部『引き合う力』

 那智は今、火星軍の艦隊『文月』に乗っていた。隣には信頼できる補佐官のイルが立っている。
 那智は言葉を発しない。表情も顔に出さない。それは、彼女の生まれたときからの教訓だった。彼女は生まれたときに戦場にいた。気づくとそこは焼け野原であり、ちぎれた腕が彼女の横に転がっていた。怖さはなかった。それがなんだかを考える暇などなかったのである。そしていつしか、怯えることや叫ぶことがいかに自分の命を縮めるものかを彼女は知った。どんなにそばに居ようとも兵士たちは草むらに隠れている彼女ではなく、そうやって動きを見せる者から殺していった。
 そんな彼女はある時師走祐司に遭遇した。いつもなら誰も気がつかないはずの彼女を、祐司は最初から見つめていた。そして、武器をしまうと彼女の方に歩み寄ってきた。その瞳は穏やかで、狂ったように人を殺す兵士たちと違った輝きを持っていた。そして那智は祐司の元へと下った。生まれて初めて自分の物言わぬ言葉を分かってくれたのも彼だった。
(2人目だな・・・・・・)
 隣にいるイルを見てそう思う。ずいぶん長い間を共にした他の季候衆でさえほとんど分からない那智の“言葉”をいともたやすく聞き分けたのが彼だった。
 イルと目が合う。彼女が見つめるとイルはすぐにこちらを向く。気配などないはずなのに。たまに、もうこちらを見ているときもある。
(イル・・・・37を閉鎖して。生存者は構わない)
「ああ? ・・生存反応の有無に関係なく、第37区間を閉鎖しろ、だって?」
 これだ・・・・。打てば響くようなこの反応。那智は温かい思いが浮かんでくるのを感じた。思わずイルから視線を逸らし、スクリーンを見つめる。この今までになかった感情を解析するために。イルに悟られてしまっても、なんだかいやだった。
(なんで・・・・だろう・・・・・)
スクリーンには木星が映っている。月生まれの顔立ちはしているものの、彼女は月にいたわけではないらしい。自分を拾ったのはここだと、師走から聞かされていた。しかし自分の記憶にあるのは果てなき広野だけであり、目の前で輝いている星を見ても何の感慨も浮かばなかった。ただ、この今の自分の感情が気になっていた。珍しく顔をゆがめそうになる。
(あ・・・・・)
頭に置かれた温かい感触。馴れたイルの手だった。
(・・・ありがとう・・・・)
本当にそう思う。この行為1つだけでなんと不安が消え去ることか。自分のイルに対する感情に答えを見いだせなしないけれど。
柔らかに見つめたイルの瞳は、まるで眩しいものを見るかのように細められていた。優しい気持ちだけが、そこから伝わってくる。
(戦場にはない瞳だ・・・・)
師走のそれとも又違う。師走のそれはブラックホールを思わせる穏やかさなのだ。時として悪魔のように荒れ狂う前兆とも言える穏やかさ。那智は師走の目を気に入っていたが、イルの視線は自分に何かを与えてくれていた。
「さてどうする? そろそろ敵艦隊突破して、木星の要塞ダークソルに辿り着くぜ。盛大な次元砲『滅光』のお出迎えた」
イルがおどけた口調で言う。前にいた戦場と全く違う暖かさ。思わず微笑んでしまう。微笑み。この表情もここに来てから出来るようになった気がする。それくらい那智はこの空間がとても好きだった。
(平気ですよ、『滅光』を浴びる前に戦いは終わります・・・・)
そう、あそこには・・・・。
(葉月さんがいる・・・・・)
そしてまっすぐにスクリーンを指さす。少しの口の動きを加えながら。目の前にそびえ立つ要塞のどこか、宇宙一のなまめかしい惨劇が展開しているはずなのである。無償の外見からは予測もできない。
イルも納得したようだった。彼女とは乗り込みの時にあったはずだった。何とも言っていなかったが、イルは組みたくないと思っていたようだった。
(頼みますよ・・葉月さん)
自分の仕事はここで指揮をとること。那智は自分にそう言い聞かせると、スクリーンをじっと見つめた。イルはオペレーターたちに気を配っているようだ。当分彼に指示を出すこともない。そう思って、彼女は姿勢を正した。
けれども数分後、彼女は自分の中に巻き起こった不思議な感情を解明する思考の世界へと、足を踏み入れていた・・・・・。

* * *

「ふふふ・・・・・感じるわ。強ーいエナジー・・・」
 葉月瑠美は今、滅光の入り口に佇んでいた。
 後ろから足音が聞こえてきた。
「止まれ! そこには行かせん」
 瑠美は後ろを振り向くと、壮絶な笑みを浮かべた。
「みんなで私を楽しませて・・・・」
 そう言うと腕を一薙ぎする。前列にいた男たちは皆、悲鳴を上げる暇もなく血しぶきをあげて倒れた。
「ん・・・・ああ、ステキ・・・」
 瑠美はみだらな視線で死骸を見つめる。赤い唇がさらに赤さを増し、その形は快楽のそれへと変わっていった。
「ひぃぃぃぃぃっ」
 後方にいた兵士たちが悲鳴を上げる。何人かが後ずさりを始める。指揮官らしき男が叱咤するが、動きは止まらない。彼の顔にも恐怖はありありと浮かんでいた。
「あら・・・・逃げないで。あなた達みーんな、私のモノなんだから」
 瑠美はそう言うと両手をふるった。右手から出た空気の刀は指揮官を薙ぎ、左手のそれは後方の兵士をいともたやすく切断する。通路の両側にはさらに新しい血の花が咲いた。
「あっ・・・・イイ・・・・。みんな、ステキよ・・・・」
 ゆっくりと自らの指で半開きの唇をなでる瑠身の表情は、とても戦場にいるとは思えない。うつろな目のまま瑠美は扉の方を向いた。まるでこの余韻を逃さないためかのように。改めて扉にふれてみると、扉には厳重にロックがかかっていた。
瑠美は倒した男たちの中で、一番身分の高そうな男の腕を持ち上げると、何の躊躇もなくそれを切り取った。
 切り口から流れ始めた血を手に取り、ぴちゃりと舐める。口の周りはすぐに血だらけになった。
「ステキ・・・・まだ新しい力・・・・。でも足らないわ、こんなんじゃ・・・」
 そう言うと、瑠美は男の親指を扉の横のセンサーにつけた。
 扉が何の苦もなく開く。瑠美は男の腕を投げ捨てた。まるで遊び終わった玩具のように。そして瑠美は中へと足を踏み入れた・・・。

「ふふっ・・・・見つけた・・・・」
 目の前には1人の少女がいる。裸体のまま五芒星に掲げられている少女。
「ああ・・・・ゾクゾクしちゃう・・・・処女のチカラ・・」
 そのまま、手をふれるべく腕を伸ばす。柔らかな胸、唇、そして四肢。そのなめらかな白い肌は透き通るようで、瑠美はこれから来るであろう恍惚に身を震わせた。後1センチで触れようというところで・・・・・瑠美は動きを止めた。
「オトコ・・・オトコが居るわ・・・ここに」
 目の前に見えているのは、どう見ても少女である。けれども瑠美の体が何かを物語っていた。
「・・・もったいないけど、清一郎を呼びましょ・・・」
 そう言うと軽く念じる。
 季候衆は皆、お互いに連絡を取り合うことが出来る。実は長月が仲介をしているせいなのだが。
〈清一郎・・・・・来て〉
 すぐに反応が返ってくる。清一郎の仕事は終わったらしいことが、精神状態から分かる。
〈・・瑠美か、何だ?〉
〈ちょっとステキなの。早く・・・〉
〈わかった・・・・〉
 更新が途切れると同時に、圭祐が現れた。
「・・・っふふ。早いわね」
「なんだよ、呼び出して」
 瑠美はアルカイックスマイルを作ると、五芒星の上の少女をすっと指さした。
「このこの中にね、オトコが居るわ・・・」
「何だ? おまえの例のカンか・・・?」
 清一郎は眉をひそめると、少女の方を向く。途端、清一郎の表情が驚きに包まれた。
「これは・・・・ヨーコじゃないか」
 清一郎はついでとして、師走からある少女の写真を見せられていた。もし出会うことがあったら捕獲するようにと、密命を課せられたのだ。その少女が目の前にいることは信じられなかった。しかも、木星のアンファーンテリブルが居るはずのその場所に、彼女は掲げられている。
「あら・・・木星のアンファーンテリブルじゃないって事?」
 葉月は大して驚いてなさそうな顔で聞き返す。
「そうだ・・・身代わりか・・・・?」
 しかし、そうすると木星軍は使えもしない『滅光』を武器にしていたことになる。
「でも、これはアノ力よ・・・。わかるもの。そして・・・」
「そして・・・?」
「素敵なボウヤが中にいる・・・・」
 瑠美は舌なめずりをする。
 清一郎はそんな葉月を横目で見ながら、この事態を解明しようとした。
「なぜ・・・」
「ふふっ、決まってるじゃない」
 いともあっさりと答える葉月に、疑いのまなざしを向ける。清一郎は葉月のカンを買ってはいるものの、どこまでも信用しているわけではなかった。
「じゃあ、どうだっていうんだ?」
「この子は・・・・失われた火星のアンファーンテリブル:ライナの生まれ変わりよ」
 清一郎は驚愕した。そう考えれば合っている。属性は違っても力を持っていれば、主砲には十分使えるはずだった。それに、清一郎はヨーコの写真を見ているのである。目の前の少女の容貌は写真のそれと寸分違わなかった。
「なるほどな・・・・・で、どうする?」
「師走サマの所へ運びましょ」
 そう言うと、瑠美はヨーコの体へと改めて手を伸ばした。
 途端、ヨーコの体が光り出した。
「なんだっ?!」
 そこには白い少年が居た。表情はなく、あるはずのない風に吹かれたその髪は炎を思わせた。まばゆいばかりの光はまるで・・・彼の背中に羽をつけているかのようだった。その姿はヨーコに重なり、揺らいでいた。
「・・・僕に・・触れるな・・・・」
 少年は静かに言い放った。
「っな・・・・・」
 驚愕の声を上げる清一郎。瑠美の言っていたこととはいえ、あまりの突然さである。ただただ見入るしかなかった。その美しさと・・・・・圧倒的な強さに。
「・・・ひっ・・・・・・」
 瑠実が悲鳴を上げる。その顔は生まれて初めての感情に歪み、赤い唇は震えていた。
 葉月は相手の力を正確に感じることが出来る。そう思い出した清一郎は改めて少年を見つめた。瑠実がここまで怖がる相手。どれほどに強いか、彼には全く想像できなかった。「あ・・・・・・」
 瑠美が熱に浮かされたような目で、少年に歩み寄る。
「葉月っ、やめろっ!!」
 清一郎が叫んだ次の瞬間、葉月は宙を舞っていた。そしてそのまま5メートル後方の壁に崩れ落ちた。
「・・・・・?」
 葉月は自分の身に何が起こったのか分からず、虚ろな目で問いかけていた。体には無数の切り傷が出来ている。そのどれもが深く、彼女は今急速に体液を失おうとしていた。
(羽だ・・・・・)
 清一郎はそう考えた。おそらく葉月を切り刻んだそれは、少年の背中に見える光の羽だろう。
(用心しないとな・・・・)
 あの葉月が一撃なのである。下手に近づけないことは分かり切っていた。何よりも自分の心に浮かぶ焦燥感がそれを物語っていた。しかし、彼を捕獲しないわけにはいかなかった。季候衆としてのプライドがそれを許さなかった。そして・・・・葉月の事を無駄にはしたくなかった。
「破っ」
 衝撃波を放つ。しかし波は少年の50センチ手前で何かに当たったように割れ広がり、少年の体にかすり傷1つ負わせられなかった。
「ちっ・・・」
 試しでやったとはいえ、かなりの気を入れたはずである。全く影響を与えられなかったことに、清一郎は柄にもなく苛立っていた。
「・・・・邪魔をしないでよ」
 少年は静かにそう言うと、羽の上部を揺さぶった。
 白い無数の矢が清一郎の顔めがけて飛んでくる。清一郎は咄嗟に腕を交差させ、顔をガードした。手に痛みが走る。目の前を血が滴り落ちていく。かなり深く切れていることは間違いなかった。
「くっ・・・・埒があかねぇ・・・・」
 少年はまた動かなくなった。その影はヨーコと重なりつつも、溶け込むことはない。ただ、どことなく姿が透明になってきているように見えた。
 その時清一郎は、ある手段を思いついた。
「・・一か八か・・やってみるか・・・・」
 清一郎は身構えた。これを逃したら、きっと自分も死ぬだろうという予感が浮かんでいた。季候衆にあるまじき考えであるそれは、今や否定しがたいものとなっていた。
 少年は大きく息を吸い込むような体制を見せた。
(今だっ!!)
 少年が第2弾を打ち出したその瞬間、清一郎は彼の方へ・・・いや正確には彼女の方へ・・・・走った。白い羽は頬を切り、血が体の後方に流れる。
 痛みをこらえて走る清一郎が辿り着いたその時・・・・全ての時が止まった。

 少年はもう居なかった。彼の影は再びヨーコと重なり、その中へ消えていった。ヨーコの白い体は輝きを失い、その赤い唇は・・・・清一郎にふさがれていた。清一郎は彼女の方に肉体的感覚を呼び覚ますことで、精神の片割れであろう少年の方に向いている意識を消そうとしたのだ。それはどうやら成功したらしかった。もう少年が現れる気配も、あの圧倒的な力も感じることはなかった。
 清一郎はため息をつくと、そのままゆっくりヨーコを砲台からはずした。そしてその体に自分のジャケットを巻き左腕に抱えると、葉月の方へ歩み寄った。
葉月はまだ虚ろな目をしたままだった。息はある。清一郎は顔を数回打ってみたのだが反応がない。しかたなく葉月を左肩に抱えることにした。
 師走に連絡を送るため、空を向いて神経を集中させる。
《火星のアンファーンテリブル、捕獲完了。負傷した葉月と共にこれより帰還します》
《−それはそれは・・・待っていますよ・・・・》
 そして3人の体は虚空へかき消えた。