小説「いつか見た夢」1(長文)



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投稿者: みお @ max2-ppp20.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/02 22:53:56

In Reply to: 初小説です。

posted by みお @ max2-ppp37.kasai.sannet.ne.jp on 98/3/02 22:33:26

 太正十三年、春。日増しに寒さも和らぎ、射し込む日の光に温かさが感じられる季節になった。
「今日もいい天気だなあ」
 大神は玄関で伸びをした。さわやかな風が劇場内に吹き込んでくる。

「ねえねえ、今日はどこへ連れて行ってくれるの?」
「………それは着いてのお楽しみ、だ」
 目の前を親子が通り過ぎて行った。幼い女の子とその父親らしい。
「……………………」
 伸びをしていた手が、ゆっくりと下がった。ここのところずっと消えない心の重みを、いっそう強く感じた。
(平和…………)
 親子は、銀座の人波に飲み込まれるように消えて行った。

「おはようございます、大神さん!」
 売店を通りかかると、いつものように元気な椿の声が飛び込んできた。
「おはよう、椿ちゃん。今日は休演日なのに仕事かい?」
 そう言って微笑んでみるのだが、何となくさえない気持ちだった。
「休演日でも商品の整理とかありますから!……大神さん、なんか元気ないですけど、どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」
 不思議そうな椿に背を向けて、大神は支配人室に向かった。
「……………はあ」
 足取りは重い。

「よっ、隊長!」
 食堂では、カンナが朝食を食べていた。
「元気そうだね、カンナ」
「もちろんだよ!何せ今の舞台は花組全員出演だしな!こんな舞台、滅多にないよ!」
「そうだね………」
(舞台、か…………)
 大神はカンナのとなりに腰掛けた。
「カンナは、『今』をどう思う?」
「『今』?そうだな…」
 言いかけて、カンナは味噌汁を流し込んだ。
「幸せだよ。舞台に打ち込めて。それに、みんないきいきしてる」
「いきいきしてる…確かに、その通りだね。舞台もずいぶんいいものになってると思うよ」
「ありがとよ!隊長にそう言ってもらえると喜びもひとしおだぜ!」
「これからも頑張ってね」
 大神は席を立った。
「隊長!」
「…なんだい?」
「あんまり深く考えんなよ」
 一瞬、足が止まった。
「ありがとう、カンナ」
 思わず笑みが漏れた。が、すぐに消えた。
 それは、空にかぶさる雲から見える一筋の光のように、一瞬のものだった。相変わらず心は晴れない。

 食堂を出るとすぐに支配人室の前である。意を決して、ドアをノックしようとした。
(しかし………………)
 直前で手を止めた。
(やっぱりやめよう)
 手を下ろす。大神は支配人室に入るのをやめ、舞台を覗きに行くことにした。今は公演中。休演日とはいえ、たくさんの大道具で舞台上が賑わっている。
 舞台には誰もいなかった。
「今日は休演日だからな……」
 大神はそっと目を閉じた。昨日、舞台裏から見た花組の面々の顔が浮かんでくる。
「夢中になれる事が………」
 するとその声を遮るように、背後で声がした。
「隊長?」
「!?」
 振り向くと、マリアが立っていた。
「どうしたんですか、こんなところで」
「いや、別になんでもないんだけど…」
 曖昧に答える。
「隊長…何か悩みごとがおありなのでは?」
「えっ!」
(さっきも見てたのかな…マリアの目はごまかせないな)
 思わず苦笑した。
「話しても、いいかな?」
「私で良かったら、力になりますよ」
「…ありがとう。じゃ、サロンに行こう」