フライング、特別小説「3月3日」その3



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投稿者: Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/02 17:05:40

In Reply to: フライング、特別小説「3月3日」その2

posted by Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/02 17:04:17

「大神さん。」

 「さ、さくらくん。いたのかい?」

 階段を下りようとする1歩手前で大神を後ろから呼び止めるさくらの姿、これぞ正に彼女の十八番だろう。

 「いたのかい?じゃありません。あれで引き下がるんですか?」

 「その通りですわ。」

 「す、すみれくんまで。立ち聞きしてたのかい?」

 「そんな事はどうでもよいのですわ。」

 どうでもよくない、そう言いたいのはやまやまだが、大神の度胸の小ささと、それに反比例して大きいさくらとすみれの威圧感が彼の言を封じていた。

 「紅蘭、やっぱり気落ちしているじゃないですか。」

 「そうですわ、まったく少尉ったら。乙女心というのが全く理解できてませんこと。」

 「え?」

 「だから、え?じゃないんです。大神さん、紅蘭を見ていて何も感じなかったんですか?」

 「そうですわ。どうなんですの?」

 「だから、いつもと変わらず元気だったよ、立ち聞きしていたのなら聞いただろ?二人とも。」

 「聞いたから分かるんですわ、あれは精一杯の虚勢ではありませんこと。」

 「そうですよ、最後の”気を付けて”って大神さんが言ったとき、いつもの紅蘭なら”何をやねん”とか言うのに、”おおきに”で片付けているんですよ。おかしいとは思わないんですか。」

 「い、言われてみればそうかも…」

 「もう、大神さんったら。鈍感なんだから。それだからあたしの気持ちも、」

 「さっくらさん。あなた、調子に乗って何を言おうとしているのかしら。」

 「え、いえ、その、ですから、紅蘭を元気づけてあげるんですよ。」

 誤魔化しにはなっていないが、周囲はそこに突っ込もうとはしないのでその場は流れた。

 

 場所を移して大神の部屋。いつまでも階段の上(マリアのロケットが落ちていた辺り)ではいくら放心がかっている紅蘭といえど気付く恐れもあった。

 「さて、紅蘭を励ます方法を考えないといけませんわね。」

 「でも、いい方法ありますか、すみれさん。」

 互いに、特効薬たる考えがない二人、時だけがいたずらに過ぎる。当人達にとってはこういう時だけ時は永遠に感じられる。さて、紅蘭も今頃自室でこの様な無限回廊であてどのない旅に出ていたのか。

 「紅蘭の喜びそうなものをプレゼントするというのは如何でしょうね。」

 「紅蘭の喜ぶ、好きなものは発明、工具なんかどうでしょう。」

 「でも、紅蘭の欲しがる工具なんて、大体はもう持ってるだろうに。」

 「じゃあ大神さんには何かいい考えないんですか?」

 「紅蘭は、空を飛ぶ、飛行機なら喜ぶかな?」

 「そんなこと言ったって、少尉は以前紅蘭と中国まで飛んでいったでしょうに。あれでは不足なんですか?」

 大神は確かに以前、紅蘭と紅豚号(蒸気併用霊子エンジン装備型複葉機)で北京まで二人きりのフライトをした経験があった。

 「あの時は、北京で爆発しちゃったしね。もっと高性能だったら、欧羅巴(ヨーロッパ)までも、亜米利加(アメリカ)までも飛んで行けたら、きっと喜ぶと思うけど。」

 「でもそんな飛行機がどこに、」

 「大丈夫だよ、アイリスにお任せ。」

 そんなさくらの心配をよそにアイリスがふっと飛び込んできた。彼女も立ち聞きの口らしい。

 「そうですわ、今こそ私達が。この神崎すみれの神崎財閥と、」

 「アイリスのパパのざいばつがあれば、」

 「不可能なんてございませんことよ。」

 いつから神崎財閥がすみれの私有物になったのかはさておき、日本一、いや亜細亜(アジア)一の財力を誇る神崎財閥と欧羅巴有数の金融財閥たるシャトーブリアン家が手を組めば、不可能などない。

 「いいのかい?わざわざそんな事にして。」

 「問題ありませんわ、時間は一刻を争いますわ。アイリス、早速手筈を。」

 「うん、わかった。」

 さすがに時間軸を逆に回すことや神の領域に足を踏み入れる事は不可能。すみれは忠義の所に出向き、アイリスも父ロベールに連絡を取った。ここに史上最強の日仏同盟が成立した。