フライング、特別小説「3月3日」その4



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投稿者: Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/02 17:07:39

In Reply to: フライング、特別小説「3月3日」その3

posted by Rudolf @ 202.250.122.225 on 98/3/02 17:05:40

 明けて弥生。紅蘭は未だ元気がない、いや、花組の前でこそ努めて明るく、いつも通り振る舞ってはいたが、その無理はそろそろほころびを飛びださん頃までやって来ていた。

 そして三日雛祭りの日、紅蘭は由里に連れ出されて茨城は土浦までやって来た。

 「由里はん、何や?こない遠くまで連れてきて。しかもそのごっつい荷物。なんやあやしいなぁ。」

 「ふふっ、着いてからのお楽しみよ。」

 土浦からは神崎家の私用車が霞ヶ浦まで連れていった。そこに紅蘭を待っていたのは、大なる(但し翔鯨丸程もある訳はない)水上機であった。

 「うわ〜、何やねん、これ。ごついな〜。」

 「どうですか、紅蘭。これが我が神崎重工とシャトーブリアン家の共同開発した航空機ですわ。」

 「これねぇ、みんなからの紅蘭へのプレゼントなんだよ。」

 「ちょうど貴女の誕生日でもあることだしね。」

 「操縦者はもちろん紅蘭、おめえだぜ。」

 「副操縦士もちゃんと用意してあるのよ。」

 さくらの指先には航空服に身を包んだ大神の姿が。

 「え、ええんか?うちみたいなんにここまでしてくれて。」

 「落ち込む紅蘭なんて紅蘭じゃないって皆さん大張り切りだったのよ。」

 「う、なんや、みんな気付いとったんかいな。うち、うち、」

 そこまで言うと紅蘭の瞳から流れるものがあった。この時の涙は紅蘭のアルバムに消そうとしても消しきれない感動の大輪を咲かせる養分となったことだろう。

 「はい、紅蘭。」

 由里から渡された中には紅蘭用の航空服が。

 「おおきに、由里はん。おおきにな、みんな。」

 「でもねぇ、紅蘭。実はこの機はまだ完成していないのですわ。」

 「そうよ。大事なのがね、はい。」

 ふっと返る紅蘭にさくらから渡されたのは紙と筆。

 「この機の名称を紅蘭に付けて欲しいのよ。」

 それを聞いた紅蘭は涙を拭い、しっかとさくらの手より機に命を与える仕事に取りかかる意志を示した。

 「よっしゃ、ま〜かしときぃ。」

 と、すらすらっと書いた、紅蘭の名付けた機の名前は、

 「友誼《youyi》」

 中国語で友誼・友情。その言葉の通りこの機には花組皆の友情の証であった。

 「じゃあ、行こうか。紅蘭。」

 「はいなあ。」

 タラップを登っていく紅蘭達を見送る花組の面々と帝劇三人娘。銀座では米田やあやめも北の空を見上げていることであろう。

 「なるほど、基本は普通の飛行機と同じやな。これならいけんで、大神はん。」

 「良かった。それともう一つ、この水上機のエンジンは紅豚号のエンジンを基本に使ってるんだってさ。だから紅蘭もこの水上機の開発者の一人ってことになってるんだ。」

 「そら光栄やな、こない凄いモンの開発者やなんて。で、水上機やけどなんでわざわざ水上機にしてん?」

 「簡単なことだけど、帝国の飛行場では大きすぎて滑走路をはみ出るんだってさ。」

 「ははは、そら水上機にせなしゃあないわ。ほな、エンジンかけるで。」

 紅蘭がスイッチを入れると勢いよくエンジンが回転し、発進準備が完了する。

 「よっしゃ、行けるで、大神はんの準備はええか?」

 「いいよ、いつでもどうぞ。」

 その言葉を待って友誼号のプロペラが回転し、離水にかかる。轟音と共に霞ヶ浦の水面を滑走していき、やがて機底が湖面を離れて、どんどんと高度を上げていく。

 「え〜感じやで〜。で、大神はん、これからどこ行きよん?」

 「アイリスのお父さんが用意してくれた、スイスのジュネーブさ。近くのレマン湖に着水する予定だよ。」

 「へー、凄い機体やな。無給油で欧羅巴まで行きよるん?」

 「そうさ、すみれくんとアイリスが必死で嘆願してくれたおかげだよ。」

 「ほんまやな、二人にはお礼言うとかんとな、よっしゃ、二人のためにも限界性能引き出したんで〜、まずは最高速テストからや!」

 「え?紅蘭ちょっとまっ、ウグッ、」

 「大神はん、気ぃつけんと舌噛むで。」

 (噛んでから言わないでくれ)

 それはもう声にならなかった。次しゃべったら舌を切断するやも知れないGがかかっていた。さすがに轟雷号で鍛えられていたとはいえ、友誼号のそれは遙か上の圧力がかかっていた。

 「こん次は旋回テストや、ジュネーブで一呼吸おいたら航続距離テストもやんで、ついてきぃや大神はん。」

 (た、助けてくれ〜。)

 紅蘭のはち切れんばかりの喜びと大神の計り知れない困難を乗せて友誼号は一路スイスへ。はたして大神の身体はスイスまで持つのか。そして紅蘭製エンジンをモチーフにした友誼号の機体強度は。このフライト自体、機体強度テストになろうとは開発者達も、すみれやアイリス、他の花組達すら夢にも思ってはいまい。一縷の期待はあったやもしれないが。

 (た、頼む。次の駅で降ろしてくれ〜。)

 不幸な大神一郎少尉に、合掌。

 「みんな、おおきにな。最高の誕生日プレゼントやわ。」

 幸福な李紅蘭には拍手喝采の嵐を。