正月大戦「炎の記憶・中編」(長文)



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投稿者: じぇねらる @ proxy.kcn.or.jp on 98/1/29 16:50:16

In Reply to: 正月大戦「炎の記憶・前編」(長文)

posted by じぇねらる @ proxy.kcn.or.jp on 98/1/29 16:19:11

大神「紅蘭が倒れたって本当ですか?!」

米田「お、大神?!てめぇ、なんでここにいやがる?!」

翌朝、大帝国劇場支配人室に懐かしい男が怒鳴り込んできた。
花組が戦闘部隊の任を解かれて間もなく、海軍兵器開発局のテストパイロットとして転属したハズの大神である。この人事は、米田が必死になってしたものだった。

大神「さくら君が大阪まで電報打ってくれたんで、夜行で来たんですよ!」

米田「おめぇな、帝撃は軍部じゃうとまれてる!いつまでもかかわってると将来に響くぞ!さっさとけぇれ!」

大神「それなら心配ご無用です。度重なる転属願いが受理されて、来月から帰ってくることになりましたから。」

米田「なにぃ!俺は聞いてねぇぞ!」

大神「どうせ軍部からの報告書なんて目を通してないんでしょ。そんなことより紅蘭です!いったいどうしたんですか?!」

まったくこの馬鹿息子は・・・などと思いながらも、心のどこかで喜んでいる自分に米田は驚く。俺も焼きがまわったなとため息をつき、大神の方に視線を向ける。

米田「炎の記憶さ。」

大神「炎の記憶?」

米田「昨日から、昔読んだあやめ君のレポートを探していて、さっき見つけた。まったく、有能な秘書がいないと未決済の書類がたまりほうだいさ。」

米田は無造作に、大神に書類を投げ渡す。

米田「けえって来るなら、そいつがお前さんの初仕事だ。紅蘭なら自室で絶対安静を命じてある。外傷はない。後は任せる。」





『李紅蘭に関するレポート  No.0023

 紅蘭は1912年1月15日の袁世凱による北京攻略を覚えていない。それ以前、それ以後の記憶ははっきりしているにもかかわらず。
 家族を失い、炎に焼かれる街と人々を見た当時6歳の少女にとって、それは最も忌まわしい記憶であることから、その奥底に封印したものと推測される。
 その日のことで彼女が覚えているのは、父親の最後の言葉。
「強い子になれ。どんなときもくじけちゃいけない。いつも笑顔でいなさい。」
というものだけである。
 私はこの日の記憶を「炎の記憶」と命名する。この封印が解かれる日、紅蘭は戦えなくなるかもしれない。』