【正月大戦】冬の花のプレゼント・前編(長文)



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投稿者: うぉーろっ君 @ tkti007.osk.3web.ne.jp on 98/1/10 06:49:26

 僕は走っていた。渋谷のハチ公に向かい、ひたすら走っていた。
 待ち合わせに遅れそうなのだ。付き合い始めて三ヶ月になる彼女との約束に。

 彼女は俗に言う「名門の家柄」のお嬢様。だが、彼女を知る人たちは口を
揃えてこう言う。
「良家のご令嬢のくせに」と。
 確かに、冬だというのにヘソ出しルックやミニスカートを見事に着こなして
街に出る彼女は、一般的な“お嬢様”のイメージからはかけ離れた存在だろう。
 でも、僕にはそんなこと、どうでもいいのだ。
 僕は彼女と出会い、好きになった。そして、彼女は僕のそんな想いに
応えてくれた。それでいいじゃないか。

 ――よし、このペースで行けたら、なんとか間に合いそうだ。遅刻して
しまったら大目玉だしな。とくに彼女の誕生日という一大イベントの日に遅れた
日にゃあ、どんな恐ろしいことになるかわかんないもんな。
 今日、この日に彼女へ渡すプレゼントを買うお金を稼ぐため、バイトに明け
暮れる年末年始だった。そのために、一緒に初詣へ行くことすら断念したのだ。
おかげで昨日、電話の向こうの彼女の声は、ヒジョーに不機嫌っぽかった。
これ以上、不機嫌な目に遭わせるのはまずい。まだ、この歳で死にたくはない。

 などと言うことを、僕は左側に長い塀の続く道を駆けながら思った。
 その長い塀が、僕の視線の先で途切れた。
 そこはいつも、時代を感じさせるデザインな洋風の門扉でぴったりと
閉じられており、敷地の中は見えないようになっているのだ。僕も実際、この
塀の内側にいったい何があるのか全然知らない。

 しかし、その門が、今日は開いていた。

「何があるんだろう……?」

 思わず言葉が漏れる。足が止まる。時間はせっぱ詰まっているが、好奇心が
抑えられない。……いや、好奇心とはまた違う「何か」が、僕の心で
疼いている。それが何なのかは、当の僕にもわからないのだけれど。
 その「想い」――としか呼称しようのないものの導くままに、僕は門の中を
覗き込んだ。

「あら、いらっしゃい」

 中を除くと、そこは花畑だった。
 紫、白、黄色……三つの色が入り交じり、驚くほどの華やかさだ。
 その真ん中に、女の人がいた。なんとなく、何処かで見たことのある気がする
女性(ひと)。カチューシャを付けた茶髪っぽい髪を肩のところで切りそろえて
いる、綺麗な人だ。紫色の和服を崩した着方をしているが、それが全然下品さを
感じさせない。いや、むしろそれがこの女の人の綺麗さを際だたせてるようだ。
 そしてその気の強そうな瞳は、優しげな光をたたえて、僕を見つめている。

「あなた……お名前は?」

 女の人は僕から目線を外さずに、微笑みを浮かべながら訊ねてきた。

「舘咲 琴音(たてさき ことね)……です」
「あら……女の方みたいなお名前ですわね」
「はぁ、よく言われます」

 そうだ。初めて彼女と話をしたときも、同じ事を言われた。
……そうか、この人。何処かで見たことあると思ったら、似てるのだ、彼女に。
 今どき、年を経た人ですら滅多に着ない和服を着ていることを除いて。
 顔かたちも割とそうだが、何よりも雰囲気が。
 ……女の人は、僕の心を知ってか知らずか、悪戯っぽくクスクスと笑うと、
傍らにあった、上品な感じのティーポットとティーカップが置いてある白い
テーブルに添えられた、同じく白い椅子に座った。

「じゃあ……琴音さん。今からわたくしとお茶会いたしませんこと?」
「お茶会……ですか?」
「ええ……お花に囲まれながらティータイム……いい趣向だと思いません?」

 ティーポットを手に取り、女の人はカップに紅茶を注ぐ。胸のすくような
良い香りが、僕のところまで漂ってきた。

「……?」

 さっきは気付かなかったが、おそらくポットの陰に隠れていたのだろう。
なにやら見覚えのあるものがテーブルの上に乗っている。

「!……それは……!」

 思わず口に出して叫ぶところを、喉元でこらえた。
 それは、オルゴールだった。蓋のところにガーネット――一月の
誕生石――が埋め込まれた、上品なデザインが施されたオルゴール。僕が、
彼女へのプレゼントとして買おうとしていたものと瓜二つのものだ。

「……あ」

 認識したところで、ふと気付いた。

「彼女へのプレゼント、買うのを忘れてたぁ!!」

 心の中で絶叫する。ひょっとしたら口にも出てたかも知れないが、それを
確認するすべは無いし、してもしょうがない。
 どうしよう。今から買いに行く時間はないし。
 ショックで、心の中で頭を抱えていると、

「このオルゴールが気になるんですの?」

 オルゴールを手にとって、女の人が訊ねてきた。やはり声に出ていたの
だろうか。それとも、そんなに物欲しげな目つきでオルゴールを見ていたの
だろうか、無意識のうちに。

「ええ……今日、彼女にあげるつもりだったヤツと似てたもので。買うの
忘れちゃいましたけどね」

 僕は女の人に、事情を簡単に説明した。

「あなた、お付き合いしてる娘(こ)がいらっしゃるの……」

 女の人はそう言うと、僕の目を、まるで覗き込むかのように見つめてきた。
まるで、心の中までも覗き込まれているような気がする。

「そう……あなた……現在(いま)のわたく……と巡り会え……のですね……」

 ややあって、女の人は僕から目線を外し、よく聞き取れない小さな声で
呟いた。

「はい?」