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hiv @ apopt9.iis.u-tokyo.ac.jp on 98/3/16 12:15:14
In Reply to: ワンダープロジェクトJ2
posted by hiv @ apopt9.iis.u-tokyo.ac.jp on 98/3/16 12:14:10
私はとても感動しています。
もちろん「ワンダープロジェクトJ2」のエンディングを見終えてです。
正直言うとここまで感動できるとは思っていませんでした。
というのも、このゲームのシナリオは非常にステロタイプなのです。
エンディングも想像の範疇を越えるものではありません。
それでも私は感動しているのです。
私はこのゲームをこう考えていました、エンディングを見るまで。
<このゲームには2つの軸がある。
一つはジョゼットが持つ人工知能の作用であり、もう一つは作り手が一つ一つ
手作業で織り込んだイベントであると。
そして、ゲームのメインはイベント側にある。
作り手が仕掛けたイベントを起こすためにはどうしたらいいのか?
いや、どうすればいいのかは分かっているんだけど、どう入力して良いか
分からない。
それを一つ一つ解き明かしていくことがこのゲームの楽しさなのだ。
ひょっとするとそれは、昔のコマンド入力式アドベンチャーゲームの楽しさに
似ているのかもしれない。>
それは間違いではないと思うのです。
でも、それだけだったら今、こんな気持ちではいられないはず。
やはりこのゲームの本質はジョゼットそのものにあると思います。
『ジョゼット』とは何なのか?
私は『純粋無垢な存在』だと思います。
このゲームの中にある単純な対立関係、
<人の良い島民たち>VS<悪のシルコニアン>
は、極めてステロタイプだと思うのです。
そこに展開されるストーリーもまた然り。
しかしながら、そこには『ジョゼット』という純粋無垢な存在が介在します。
いつもプレイヤーは、「ジョゼットに何をさせるべきなのか」を考えるあまり、
自分がジョゼットに近い存在になっていると思うのです。
だからこそ、こうして自分は感動できているのでしょう。
思えば、このゲームは全てが良いという訳ではありませんでした。
ジョゼットが何らかのアクションをしている間、入力が効かなくてイライラしたり、
ミニゲームがそれほど面白いと感じられないこともありました。
それでもこのゲームを最後までプレイできたのは、やはり『ジョゼット』という
存在が私の中で大きくなっていたからだと思います。
私とジョゼットの心の旅は今終わりました。
ゲームを終えるといつも寂しさがこみ上げてきますが、今日の寂しさはまた
ひとしおです。
私にとってこのゲームの始まりは2度ありました。
一度はどうやってプレイして良いのか分からず、投げ出したのです。
たまたま、久しぶりに遊んでみようと取り上げたカセットの下にあった「J2」が
目にとまり、再びプレイすることができました。
その偶然と私に感動を与えてくれた「ワンダープロジェクトJ2」に感謝したい。
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