小説「犬(dog)」第十二回



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y100.peanet.ne.jp on 98/3/16 01:09:02

In Reply to: 小説「犬(dog)」第十一回

posted by 高山 比呂 @ ppp-y100.peanet.ne.jp on 98/3/16 01:02:25

 3学期
「よろしくね」
「あ、よろしく」
 廊下側から三列目の前から三番目の席の男女。
「なんか、この席、やじゃない」
 女が自分の机を指差して、男に話しかけてきた。
「そうだよね、真ん中だもんね。前の、あの席のがよかったよ」
 男は窓側の後ろから二番目を指差しながらそう言った。
「そう、でも、私は前あそこだったから、今のがましかな」
 女は廊下側から二列目の一番前の席を指差しながらそう返した。
「あ、そういや、よく当てられてたよね」
「そうそう。特に数学の柚木先生。なんか毎回ノート見て来て、すっごい困ったんだよね」
「あれ、たしか、それで、一回怒らなかったっけ」
「え、あれは違うよ。ただ、ほんのちょっと文句言っただけ」
「でも、それ、同じことじゃん」
「うん、確かにね」
 女は半笑いで答えた。
「いや〜、それにしてもあれはウケたね」
「だって、ほんと、やだったんだもん」
「突然“おか〜さん、おかわりもういらないよ〜”って叫ぶんだもんな」
「そんなこと言ってないよ〜」
「あ、“およめさ〜ん、このしまにやってきてくださ〜い”だったっけ?」
「全然違うよ〜」
「そうだ、“おかめなっとう、にほんいち〜”だ」
「も〜」
「ワンギャグ、ワンギャグ」
「・・・でも、なんか楽しくなりそうだね」
 二人ともしばらく笑った後、女がそう切り出した。
「ん、そうだね」
「成績は下がるかもしれないけど」
「ふふふっ、それはあるかもね。・・・じゃ、その辺注意してきましょう」
「うん」
 女が右手を差し出す。
 男はそっとそれを握った。
〈お、なんかいいね、こういうの〉
 5回振り合うと、手は自然に離れた。
「由佳里、なんか随分仲良くしてるね」
 廊下側から三列目の前から二番目の席の女が、背もたれを抱いて話し掛けてきた。
「そうでもないよ〜。舞子の方こそどうなの?お隣さんは」
「え、い、いや、別に普通だよ」
「ふ〜ん、普通ね〜」
「も〜」
 舞子は、そう言い終えると、ドラマの中の少女のように口を尖らせた。
「おい、ハンナマ」
 廊下側から三列目の前から二番目の席の男の肩を、三番目の男が軽く叩いた。
「なに?」
 ハンナマは、体ごと振り向いて、背もたれを右肘の肘掛けにした。
「俺達がこうやって並ぶのって初めてだよな」
「ああ、そうだな」
「小1からずっと同じクラスなのに、なんかうちらのコンビ、絶対離されてたよな」
「おお。でも、なんでずっと一緒になってんのかな?」
「だよ〜、なんでだろうな?」
「う〜ん・・・」
「で、3年上がる時はクラス変えしないらしいから、9年間一緒だろ」
「ほんと、なげ〜よな〜」
「だな〜」
「ねえ」
 由佳里が、前から三番目の男の左肩を叩いた。
「はい?」
 男は妙に高い声で振り向きながら答えた。
「半川君と仲良いの?」
 由佳里は、ハンナマを指差しながら尋ねた。
「え、ハンナマと?いや、全然仲わりいよ、な」
「うん、こんな奴全然しらねえもん」
「本当に〜?」
 今度は少し傾けた笑い顔で尋ねた。
「いや、ほんとほんと、今も喧嘩してたところだよ」
「そう、このバカ、むかつくからさ〜」
 ハンナマは男を指差して答えた。
「だって、部活同じじゃなかったっけ?」
 由佳里は、右の人差し指で男とハンナマを交互に差しながら尋ねた。
「違えよ、俺、バ部だもん。毎朝聞こえるでしょ?“は〜い〜、ば〜ぶ〜、ちゃん”っていう発声練習」
「聞こえない、聞こえない」
 由佳里は、笑い顔で軽く首を左右に振ってみせた。
「あれ、おかし〜な〜。こないだ、演劇部が“アメンボ赤いなあいうえお”に変わって使いたいって、土下座してきたぐらい有名だぜ、これ」
「はい、はい」
 由佳里は、そう答えながら、全てを見透かした笑顔で軽く首を上下してみせた。
「いや、ほんとだって。な、ハンナマ」
「ううん、全然」
 ハンナマはすまし顔で首を左右に振った。
「おまえ、ちょっとはノってくれよ」
「ないものはしょうがないだろ。あ、ちなみに俺、コン部です」
「え?」
「そうそう、こいつ、都昆布は1枚ずつちゃんとはがして食おうとかやってんだよ」
「違うよ。金ていう部長ががいた写真部の略だよ」
「バカ、んなのだれも知らねえだろ」
「も〜、しょうがないな〜」
  由佳里は、顔を窓の方に向けた。
「ん、なにが?」
「仲良かったら、頼みごとしようと思って」
 由佳里は、男の方に振り向きながらそう言った。
「え、なになに?」
「由佳里、いいよ〜」
 舞子が由佳里の左腕を掴んで揺さぶった。
「でもさ・・・」
「ほんといいって、お願い、ね」
 舞子は手を離すと、祈りのように指を絡ませ、そう言った。
「・・・うん、わかった」
 由佳里は何遍も軽くうなずきながら、そう言った。
「で、なんなの?」
 男は、頬杖のまま横を向いて尋ねた。
「あ、別に何でもない。・・・ともかく、これからよろしくね」
「お、よろしく。・・・でも、ほんと気になるな〜」
「ま〜、堅いこと言うなよってことで」
「ふふふっ、そうですね。そういきましょうか」
「ですよ〜」
 ガタガタガタ
 隣の教室では、椅子を逆さに乗せた机達が移動している。
「やあ」
「あ、どうも」
(か〜、本当に来たよ)
 佐藤とかおりんは、廊下側の後ろから二列目の男女として並びあうことになった。
「ついに隣同士になったね」
「そうだね」
(“ついに”ってなんだよ)
「授業中、なんかわからないこと会ったら教えてね」
「うん」
(あんまりやだけどね)
「ねえ、かおりん」
 後ろの席の女が肩を叩いて呼んだ。
「なに?」
(は〜、よかった)
 かおりんは左回りに振り向いて、そう言った。
「ちょっとさ、席変わってくれない」
 女が蟋蟀の囁きで話しかけてきた。
「え、なんで?」
(・・・・・・あ、そうか)
「佐藤とさ、ね」
「わかった、わかった」
(そういや、そうだった)
「ん?どうしたの」
 佐藤が振り向いて話しかけてきた。
「山元が席変わって欲しいんだって」
(僕も後ろのがいいしね)
「え〜、なんで〜」
「なんでってなによ、なんでって。目が悪くて黒板見えないの」
「じゃ、もっと前いけばいいじゃん」
 佐藤は、黒板を指差しながらそう言った。
「あんたね〜」
「ま、いいじゃん。移動しちゃおうよ」
(もう、めんどくさいからさ)
「そうだね」
 ガタガタガタ
 かおりんと山元は、立ち上がって椅子を机の中に入れ、床を引きずるようにして机を移動し始めた。
「え〜、本当に隣、山元かよ〜」
「いいでしょ」
「おい、お前ら何やってんだ」
 男子教諭の声が教室内に響く。
「いや、席変えようと思って」
(なんだろう?)
「駄目だ。席は、もう決まっただろ」
「でも、山元さんが見えないって」
(なんだよ〜、そんくらいいいじゃん)
「目の悪いやつのことも考えて、この席順になったんだろ」
「いや、でも、ほんとに・・・」
(確かにそうだけどさ)
「それに、本当に目が悪いなら一番前こいよ。そんな一つ前行ったからって、変わるわけないだろ」
「ねえ、かおりん、もういいよ」
 山元が蟻の呟きでそう言った。
「え、・・・そうだね」
(これ以上怒られるのもしゃくだしね)
 ガタガタガタ
 二人は元の席に戻し、椅子を出して、座った。