小説「犬(dog)」第十一回



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投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y100.peanet.ne.jp on 98/3/16 01:02:25

 冬休み
 少年は、昼食を買いに行く時、ジャングルランドに新譜CDを買いに行く時、遠藤書店に本を買いに行く時、それ以外の時は、ずっと家にいた。
〈工藤さんから電話かかってこねえかな〜。あ〜、なんか考えただけでドキドキしてるよ。なんだよ、これ、も〜〉
 少年は、ベットに転がり、毛布と羽毛布団と『TURNING POINT』をかけ、目を閉じ、夢の無い眠りに入った。
 プルルルルル
 外気温がピークを過ぎた頃、冷風機の上に無造作に置かれているアンテナの曲がった黒い子機が、緑と赤の点滅をしながら鳴り始めた。
「ん・・・」
 プルルルルル
 少年は急いで毛布と羽毛布団を取り払うと、ベットの端の崖を降りて、小走りで子機の元に向かい、右手で掴んだ。
〈あ、もしかして工藤さんからかな・・・、か〜、ちくしょ〜〉
 プルルルルル
「・・・う、うん。あ、あ〜もしもし」
 少年は左手で喉を押さえながら、咳払いをし、発声練習をした。
 プルルルル
〈よし〉
 4回目の呼び出し音がなり終える直前に、少年は“外線”のボタンを押し、右耳に当て、
「は、はい、もしもし」
〈は〜、も〜〉
 普段よりも上ずった声で電話の応対をした。
「あの〜・・・」
 受話器の向こうから聞こえてきたのは、か細い女の子の声。
〈あ、これは本当に、うあ、やべ、どうしよ〉
「は、はい」
 手持ちぶさたの左手で、ラジカセのボリュームを下げた。
「ひろかずくんいますか?」
「はい?」
〈え?・・・なんだって?〉
 この瞬間、少年の瞳は“見る”という機能を失っていた。
「え、あの、むらはしさんのおたくじゃないですか?」
「あ、違い、ますけど」
〈間違い、なのか・・・〉
「あ、すいません」
 ガチャ
 プー、プー、プー
「かぁ、・・・はぁ〜」
 子機を右耳から離すと、一時見つめて、親指で外線ボタンを押した。
「ちっくしょ〜。何なんだよ、も〜」
 少年は、黒の子機を元の場所に置くとすぐ、ベットにバタンという音と共に倒れ込み、頭のところに置いてあったリモコンで、ラジカセのボリュームを上げた。そして、スキップで5曲目に戻し、枕の下にある雑誌を広げ、読んで、呼んだ。
 白い会館の控え室。
 4面張りのガラス窓から見える、緑の揺らめき。
 いくつかのグループに分かれ、ざわつく人々。
 かおりんと裕子はカーテンの前の椅子に、2人座っていた。
「もうすぐだね」
(は〜、緊張するな)
「うん、そうだね」
「なんか、すっごい早くなかった?」
(異世界に来てから、もう2ヶ月以上経ってるもんな)
「そうだね、まだ実感わかない」
「本当にこれからやるのかな?」
(なんかやってほしいような、やってほしくないような)
「やると思うよ」
「もしかして、ドッキリカメラとかそんなのかもよ。実は明日でしたみたいな感じで」
(ま、そんなことないと思うけどね)
「そんなはずないよ〜」
 裕子は少し引きつった笑いをしながら答えた。
「いや、わからないよ。あそこの鏡とかがさ、マジックミラーで、私たちが緊張する姿、映してるのかもしれないよ」
(あのティシュの箱もあやしいしね)
 かおりんは、4人の男子達の後ろにある鏡を指差しながら、そう言った。
「え〜」
 さっきよりも柔らかな笑顔で、裕子はかおりんの瞳を覗き込み答えた。
「それで、みんなグルで、舞台上がったら、私たちだけしかいなくて、さあどうしよう?って」
(しかも、大勢の拍手で迎えられて)
 かおりんは半笑いの声でそう続けた。
「そしたら、2人だけで発表会しちゃおうよ」
 裕子は全てが吹っ切れたような笑顔で、生き返った瞳で、そう返した。
「そうだね。・・・で、曲はやっぱり『情景』にする?」
(お、ノってくれた)
「ん〜、どうせ2人なんだから、デュエットでもしようよ。そうだね、『Love is alive』なんかどう?」
「それいいね〜、じゃ、私、男のパート歌うよ」
(一応、元は男だからね)
「でも、歌詞大丈夫?」
「アドリブでなんとかなるんじゃない」
(どうせ、そんなのあるわけないんだし)
「そんないい加減じゃ・・・」
 カチャ、ギー
「はい、集まって」
 控え室の扉の開く音と共に聞こえてきた女教師の声。
「あ、集まるんだって」
「うん」
(もしかして、もう行くの?)
 部員達は円陣を組むようにして集まった。
「もう次の次だから、今からステージの方に移動します。みんな準備はいい?」
『はい』
(あ〜、本当にもう行くのか〜)
 数人の男子部員を除いて、ほぼ全員が声を揃え、返事をした。
「じゃ、恒例の声出しやるわよ」
『はい』
(って、なにそれ?)
 返事をし終えると、右手を中心部に差し出した。部員達がその手の上に手を重ねていく。かおりんは周りの様子をうかがって、裕子の手の上に手を重ねた。
「せ〜の」
 全員の手が重なったのを確認すると、女教師は声を張り上げた。
『お〜!』
 部員達は、それに答えるように声を張り上げた。
 だがかおりんは、半テンポ遅れるかたちで、声を張り上げた。
「だめ、全然声があってない。もう一回」
 離れて行こうとする手を制止する女教師の一喝。
 男子部員達は、文句を言いながらしぶしぶ手を重ねた。
「せ〜の」
 再び全員の手が重なったのを確認すると、女教師は声を張り上げた。
『お〜!!』
 部員達は、前回以上の声を張り上げた。
「よし、じゃ行くよ。みんな楽器持って」
 女教師の顔から笑顔が消え、その瞳はより厳しくなった。
『はい』
 重ねられた手は離れ、部員達は各々の楽器の置き場へ散らばっていった。
「かおりん、頑張ろうね」
 裕子は、左腕を立ち止まっているかおりんの右腕に絡ませ、そう言った。
「うん、頑張ろ」
(よし、・・・やるぞ)
「ねえ、早く行こ」
 裕子は絡ませた左腕を上手に滑らせ、今度はかおりんの右腕を左手で掴んで、その腕を引っ張りながらそう言った。
「そうだね」
(軽く、軽く)
 そして二人は、さっき座っていた場所に小走りしていった。