Re: 第十六期 『終局・始動』 其の二



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c7.pppp.ap.so-net.or.jp on 98/3/02 18:40:18

In Reply to: 第十六期 『終局・始動』 其の一

posted by 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c7.pppp.ap.so-net.or.jp on 98/3/02 18:38:44

「馬鹿な、どうやってここまで……ぐはぁぁっ!?」
 宇宙に小さな火花が散った。
 戦艦五隻を従えた火星の軍隊が、土星軍防衛艦隊をまさしく破竹の勢いで打ち破っていく。あまりに素早い用兵は、防衛側の陣形がまともに整わない内に、大抵の戦艦を戦闘不能状態に陥らせていた。サイヴァー同士の戦いも、火星軍は機体能力が大きく勝っている分、遙かに土星に不利に進んでいる。
 火星軍第十艦隊『激』、旗艦『神無月』のブリッジ。そこに立つ青年は、傲然と戦場を睨んでいた。
「……脆いな。木星を通るときに破った四天王二機もそうだったが、ここの軍はあれ以上だ」
 年齢は三十代半ばだろうか、体格の良い、美丈夫と表現しても間違いはない青年だ。彼は右手を水平に薙ぐと、各艦に伝令を放った。
「全艦集中射撃、敵旗艦を狙え! 敵サイヴァー隊にリンギーはない、こちらも艦載機で対抗しろ! 艦の損傷甚大の場合その場で停止、援護射撃に務めろ!!」
 彼の言葉が伝わると同時に、全艦の砲門が開いた。船の腹を完全に敵に向けている分、その攻撃力は甚大である。通り過ぎるサイヴァーや戦艦全てに破滅の種子を撒き散らしながら、火星軍第十艦隊は土星へと侵攻を続けた。
「ディメンシア……全てに破局をもたらすもの──『世界を砕くもの』。
 リナルティア……全ての原点たるもの──『世界を創るもの』。
 空間濫觴──新たな宇宙の始まりにして、リナルティア召喚の時──我ら季候衆が成し遂げねば、ただ世界は崩れ去るのみ」
 呟く青年──神無月恭一は、宇宙に散る命の華を見つめ、僅かに疲弊した表情を見せた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「無駄だよ、たったのサイヴァー三機で何ができるっていうのサ」
 ブリッジの指揮卓の上であぐらをかき、彼女は不敵に言い放った。
 小学生ほどの小柄な少女だった。ピンクのシャツに重ねたデニムの上着は、ややサイズが大きすぎるようだ。同じくデニム地のミニ・スカートから伸びた足は、膝上までのソックスに包まれて、細く、長い。
 火星第五艦隊『凛』、その旗艦『皐月』の艦長、皐月ちはる。それが少女の地位であり、また名前だった。
 指揮卓の隣で呑気に握力トレーニングなどをやっていた男の頭を、持っていたポインターで思い切り叩く。男は情けない声をあげて、その場にうずくまった。
「痛ぇぇっ……!! な、何しゃーがる、艦長!!」
 眼に涙を溜めて男が振り向いた。それに呆れを載せた視線を投げつけると、ちはるは吐き出すような口調で男を責める。
「『何しゃーがる』じゃないだろ、ゴドー副艦長っ!! あたしらのジツリキ、あそこの無鉄砲君に思い知らせてやらなきゃいけないんだから」
「だからって真鍮製のポインターで、縫合線が剥離しそうな強さでもって人の頭を叩くのか?」
 座った目で言うゴドーに、ちはるは何も答えなかった。ただ下手な口笛を鳴らすだけだ。ゴドーは深々と溜息をつくと、砲手に命令を下した。
「相手はサイヴァー三機だけだ。落ち着いて狙え」
 赤い尾を引いて駆けるサイヴァーに照準が合わせられ、砲門が火を吹く。巨大な光の柱が闇を貫き、一機のサイヴァーを撃破した。
「カルマ!!」
 ヴァイスが叫ぶ。ブラッディメアリーに収納された二機のサイヴァーで出撃したのが、どうやら仇になったらしかった。
「チイィィィ!! 火星のクソ野郎どもがよぉぉぉ!!」
 シンの乗った赤いサイヴァーは、戦場を所狭しと駆け巡り、火星軍の駆逐艦をかなりの数減らしていた。巡洋艦も、先刻ヴァイスとの同時攻撃により二艦潰した。しかし肝心の戦艦は、どれだけ攻撃が命中しても沈む気配がない。レーザー兵器はミラーコーティングされた外壁で完全に弾かれ、ミサイルなどの兵器は殆どが迎撃された。命中したところで、それほどのダメージを受けた様子はないように思われる。
 サイヴァーは確かに、戦場において重要な意味を持つ。スピードが他の種類の船に較べて圧倒的に上だということ、小型船の割に艦載兵器が強力だということ。サイヴァーの開発は、人類の戦争に大きく変化をもたらしたと言っても過言ではないのだ。
「だけど、戦艦に勝てるはずないのサ」
 ちはるは楽しそうに笑った。
「戦艦ってのはね、沈まないから戦艦なんだもん。SF小説とかでバカスカ沈んだり爆発したりしてるけど、そんな船危なくって乗ってらんないって。兵士の命だって重いしね。そう簡単にぽんぽん捨てらんないよ」
「十三のガキが、何戦艦について熱く語ってんだよ。何者だ、おまえは」
 ゴドーは煙草をくわえながら、座った目つきでちはるを見やった。ただしブリッジは禁煙なので、火はついていない。
「へへへ、アタシ、実は以前、銀の燭台盗んだことあんのサ」
「で、今は艦長かよ。市長になりゃよかったじゃねえか」
「警官に追い回される人生は嫌いだもン」
 二人が呑気に笑っている間も、砲撃は絶え間なく続いた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ギャバン元帥、駄目です! 火星軍の力は甚大、敵艦隊がダークソルに到達するまで推測四時間以内!!」
「くっ……!!」
 ダークソルの司令室で、ギャバンは怒りに歯を食いしばった。ホログラフィで投影された画面に、敵艦隊を現す光点の群が表示されている。逆に自分の軍を現す光点は、一個、また一個と減っていった。
「四天王はどうした!?」
「四天王機『ブラックドラゴン』は現在リンギーと交戦中、『赤竜』『青竜』は火星軍第十艦隊と交戦・撃沈! 残る『バイパー』は地球付近の宙域において火星軍第三・十二艦隊と衝突・撃沈しましたぁっ!!」
 オペレーターの声は、悲鳴ともとれるほどな上擦っていた。報告を受けたギャバンの顔が青ざめる。血の気の引く音が実際に聞こえるかとも思えた。
「……火星、め……!!」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「艦長、敵艦隊からの攻撃を被弾、第三十七区画の被害が甚大!!」
 火星軍第七艦隊『静』、旗艦『文月』のブリッジにも、オペレーターの悲鳴が響いていた。報告を受けた年の頃十七、八の少女は、今一つ何を考えているのかわからない顔で、隣にいた副艦の方を見やる。
「ああ? ……生命反応の有無に関係なく、第三十七区画を閉鎖しろ、だって?」
 副艦長の青年は、訝しげな表情を浮かべた。対して艦長は、何も考えていないかのような瞳で、スクリーンに映った光点に視線を戻してしまう。
 髪の長い少女だった。いつも軍服に身を包んでいて、それ以外の服装というのを彼は見たことがない。そして、彼女がまともに言葉を喋ったのを見たことも、彼には殆ど記憶になかった。四年も一緒にいれば、目と唇の動きを見ることで彼女が何を言わんとしているのかわかるようにはなったが。
 ともかく、文月那智という少女ほど、艦長という役職に向かない人間はいないと、常々彼は考えていた。
「……ったく、そんぐらい自分で言えよ」
 ぶつぶつと文句を零してから、仕方ないと言いたげな顔で大声を張り上げる。
「第三十七区画に続く通路に、全てシャッターを降ろせ!」
「生命反応が確認されていますが……」
「放っておけば熱と炎が別の区画にも回る。動力部をやられたら、敵本拠地のど真ん前で身動きとれなくなるぜ」
「了解しました」
 冷静かつ迅速に作業が行われた。誰も取り乱す者はいない──少なくとも、ブリッジの中には。生命に重きを置きながら、しかし戦局のためならばそれを切り捨てることを厭わない考え方は、火星人独特のものである。
 青年──イル=ディアス副艦長は、横目でちらりと那智を見た。長い睫毛が微かに震えている。
(……そういやこいつ、火星人じゃなかったっけ)
 長い間火星で過ごしてはいるが、生まれは月のはずだ。思想と感情の両立がとれないのだろう。
「……ん」
 ぽん、と、那智の頭に手を置く。本来ならば許されない行為だが、しかし彼女はそれを咎めるでもなく、ただ僅かに安心したような瞳でイルを見つめるだけだった。
(これに弱くて、この艦から離れらんねえんだよ……)
 そうした彼の独り言は、戦場ではいささか不謹慎に過ぎるものであった。しかし誰にも聞こえなければ、どれほど不謹慎な発言だったとしたところで意味はないのだが。
「さて、艦長。どうする? そろそろ敵艦隊突破して、木星の要塞ダークソルに辿り着くぜ。盛大な次元砲『滅光』のお出迎えだ」
 イルがおどけたように言うと、少女はくすりと笑った。
「……あん? 『滅光』を撃たれる前に、もう私達の勝ちです? 何でだよ?」
 那智はスクリーンに映ったダークソルを人差し指で指し示すと、僅かに唇を動かした。
「……ああ、成る程ね」
 全てを了解したイルは、もうそれ以上何も言おうとはしなかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 要塞内の監視カメラの番というのは、かなり退屈な仕事だった。外では派手に砲弾が飛び交い、深淵の宇宙に無音の花火を咲かせている頃だと思うと、より退屈さが増してくる。今日の番だったレザアは、己の不運を嘆きながら、それでも要塞内を網羅するべく電子の目を光らせていた。
 彼が煙草に火を点け、煙を吐き出した、そのときだった。
 通路の一つで混乱が起こっていた。
(何だ?)
 数人の兵士が、狂乱した鼠の如く、手足をばたつかせて疾走している。要塞内警備の任を受けた兵士は基本的に持ち場を動くことは許されないので、これは立派な職務放棄だ。
 放送設備を使って警告を出そうとした、そのときだった。
 噴水が上がった。
 通路を駆け抜ける兵士達がカメラの視界から外れた瞬間、水がぱしゃっと弾ける。
「何やってんだ!」
 思わず唸ったその瞬間、レザアは自らの視力の良さを呪った。
 それは単なる噴水ではなかった。血だった。
 逃げまどう者達が恐怖に顔をひきつらせ、狭い通路を満たしていく。そしてそれを挟むようにして、次々と鮮血の噴水が上がっていった。ある者は唐突に首を切断され、ある者は爆砕四散し、ある者は体が絞った雑巾のように捻れる。
「何なんだ……」
 呟きは狭い部屋を満たした。
「何なんだよぉぉぉ!!」
 叫んだ瞬間。
 視界が暗転した。

「ギャバン元帥、要塞内に侵入者!! 第八十一階層以下は全滅、『リアナ』保管場所に向かっています!!」
 オペレーターが絶叫する。ギャバンは苛立ちを隠し切れないのか、指揮卓を強く叩いた。
「絶対に侵入者を『滅光』砲台に入れるな!! 何としてでも止めるんだ!」
 しかし彼がそう叫んだ頃には、侵入者達は既に『滅光』砲台に入り込んでいたのだった。

 そこは人間の屠殺場だった。
 殺戮の嵐が吹き荒れたそこに、一人の女性が立っていた。長い髪を背中まで垂らし、無造作に着た死に装束は血で赤く染まっている。そしてその美しいまでに下卑た笑みを貼り付けた顔は、悦楽に歪んでいた。白い肌──僅かに露出した、血を浴びていない肌から判断して──とは対照的な赤い唇を、彼女自らの舌が舐めた。女の手が体の表面を滑り、下肢に伸びる。もう一方の手が乳房を掴むと、彼女ははあっと熱い吐息を洩らした。
「いいわ……イイ……すっごくイイ……」
 愉悦に染まった顔が、淫らに歪む。周囲の空気すら濁った淫靡に書き換え、彼女は恍惚とそこに立ち尽くしていた。
「動くな!!」
 重装備に身を包んだ十数人の兵士が、重火器を構えて部屋の入り口を固めている。彼女の視線が流れるようにして兵士達の間を行き来し、そして──狂喜に彩られる。
「……あなた達の死で……感じさせて」
 彼女──葉月瑠美の手が、横一閃に薙がれると同時に……
 兵士達の内臓が爆砕した。