![]() ![]() 投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c7.pppp.ap.so-net.or.jp on 98/3/02 18:38:44
尖塔が高く空を刺す豪奢な宮殿の中で、一人の中年が満面の笑みを浮かべ、玉座に沈み込むようにして座っていた。彼の前には総勢十二人の男女が跪いている。 「……動き出したか……」 レイは苦々しい口調で呟くと、客室のソファから立ち上がった。赤いTシャツに濃いベージュのサファリパンツを身につけた彼は、随分と大人びて見える。 何かを思い詰めた賢人のような表情で沈黙する彼を、エリーが不安げな瞳で見つめる。 「ね、ねえ。動き出したって、何が?」 しかしレイはその問いかけを無視すると、出入り口の扉に手をかけた。くるりと振り返ると、冷たい声で告げる。 「……絶対、何があってもここから動いちゃ駄目だ。いいね?」 メイファとエリーは、ただ黙って頷くしかなかった。 真紅のサイヴァーが宇宙を駆け抜ける──それが目指すのは、月から地球に向かう小型の飛行機……その中にいるメイファとレイだった。ブラッディメアリーを駆るシンは、復讐を固く誓い、狂気をその相貌に漲らせている。 灰色の髪が微かに頬にかかる。シンは煩わしげにそれをはね除けると、背後に控えた二人の男を睨み付けた。 「カルマ、ヴァイス。あのレイ=シオンってガキを殺すのは俺だぜぇ。邪魔したら、てめえらもぶっ殺してやるからなぁ!」 「了解しました」 二人の返事に満足したのか、シンはそれ以上何も言ってはこなかった。そんな彼の背中に軽蔑の眼差しを投げかけるヴァイス。カルマはその瞳に何の感情も映し出してはいない。ただ黙って立ち尽くすだけだった。 「シン様、もうじき火星帝国軍の支配宙域に入りますが」 「ああん? 火星なんてぇ無視しやがれ!! 俺が目指すのは地球だ、地球!!」 「そうもいかないのサ」 その言葉は、その場にいた誰のものでもなかった。サイヴァーに備え付けられた通信機から、幼い少女の声が流される。 「何モンだっ!!」 「あたしらは火星帝国軍第五艦隊『凛』と、その旗艦『皐月』さネ。ディメンシア召喚の鍵メイファ捕獲──そのためには、あんたら邪魔ってわけ。ほんとはあたしの仕事じゃないんだけど、ソウグウしちったんだから仕方ないやね。っつーわけで、派手にやられちゃいな♪」 ぷつっ──と、通信が一方的に切られる。茫然と立ち尽くす三人の眼に、彼方まで広がる宇宙が見えた。それはさながら光の帯をひいた夜の海のようでもある。 そしてその海に、戦艦が四艦、巡洋艦が八艦、そしてそれらを囲むようにして陣形を展開した無数の駆逐艦が見えた。 「正規軍のお出ましってワケかい……いいじゃねえか、やってやるぜ!! ヒャッヒャヒャヒャヒャ!!」 シンの狂った叫びが、ブラッディメアリーの操縦室に響く。 そして戦いの始まりを意味する赤い光条が、夜色の海を切り裂いた。 「土星のアーンファーリテーブルの力は、もう別の人物に受け継がれてるわ。名前はレイナ=ベルクロード=リルディアネ。聞いたこと、あるでしょ?」 挑発的に聞いてくるベネットに、マサキはむきになって答えた。 「そのくらい知ってるさ、ベルクロード社の会長だろ……ってええっ!?」 「そう。土星でも有数の大金持ち、兵器製造メーカーとしては一流を誇るベルクロード社の女会長、レイナ女史よ」 彼女の言うことに耳を傾けながら、マサキは記憶の中にあるベルクロード社についての情報を引っぱり出していた。 レイナはまだ十歳にも満たぬ頃両親を事故で失い、幼いながらにベルクロード社の会長としての地位を受け継がなければならなくなった。そのときに親族同志の争いに巻き込まれ強い人間不信に陥ってしまい、ハシモトという執事を除けば誰の前にも現れることはなくなってしまった。連絡事項は全て電子情報として会社の端末に送るか、メッセージボックスに音声データを送るかのどちらかで伝えられるのだという。 「今彼女は十六歳。アーンファーリテーブルとして、その能力を維持できる限界を迎えつつあるわ。今この時期を逃せば、また土星のアーンファーリテーブルの力は別の誰かに受け継がれてしまう。そうなったら、今度は誰がアーンファーリテーブルとして目覚めるか、予想もつかないわ。探し出すには相当の予算と時間が必要になるでしょうね」 「……と、いうことは……」 「そう。木星は恐らく、もうじきここに来るわ」 マサキの頬を一筋の汗が伝った。木星軍がここを攻めてきたら、リンギーのない土星軍ではとても対抗できないだろう。民間人にも犠牲者が出るかもしれない。 「ヨーコは、どうなっちゃうんだ……」 「木星軍に捕らわれていた方が安全かもしれないわね」 ベネットの言葉は冷たい。しかしそれが事実の一面であるということは、マサキも十分気がついていた。ただ理屈で感情を納得させることは、時としてとても困難なこととなる。今の彼はまさにその状態だった。握りしめた拳に爪が食い込む。その痛さすら気にならないほど、マサキは深い無力感を味わっていた。 ベネットは彼をしばらくの間黙って見つめていたが、おもむろにファイルを手に取ると、突然マサキの頭をひっぱたいた。 「いってぇーっ!!」 「あんたね、男がうじうじ悩むんじゃないわよ。ヨーコちゃんは木星軍にさらわれ、今のところ奪還は不可能。四天王の劉が乗るサイヴァー『ブラックドラゴン』は、とてもじゃないけど戦艦でも出さなきゃ勝てないぐらいに改造されまくってるしね。古代地球のテクノロジーを使えるのが土星だけじゃないとは思ってたけど、まさか『ギンヌンガの鏡』まで開発してるとは、正直予想もしてなかったわ」 「!? ギ、ギンヌンガの鏡のことを知ってるの!?」 「……科学者にとって、古代地球史は必須なのよ? 今のところ確認できるだけで、古代地球の技術を使用して造られた兵器は四つあるわ。一つが『鏡』、そして鏡と同じ防御兵器の『六点螺旋』、副砲としては現存兵器の中で最も強力な『龍騎銃』。最後の一つは……『真冬の暗殺者』と呼ばれる、詳細不明の兵器よ。 リンギーとブラックドラゴンの戦いは、私も衛生テレビ回線をハッキングして観戦させて貰ったわ。まさか木星にあの技術が残っていたとは驚きだけど」 ベネットはそう言うと、深い溜息をついた。 「土星からの脱出方法を考えなきゃいけないわね。いつまでもここにいると、木星の奴らが攻めてきたときどうしようもないもの」 と──部屋の隅にあったデイスプレイに、『緊急』の文字が赤く点滅した。警告音が鳴り響き、アリスがびくっと体を震わせる。怯える彼女に「大丈夫」と告げると、ベネットはその指をキーボード上で踊らせた。 しばらくそうしていた彼女の動きが、突然止まる。 「……どうしたんですの?」 心配になって声をかけたアリスに、ベネットはぎこちない動きで振り向くと、堅く強ばった声を絞り出した。 「……火星軍が……攻めてきてるって……」 ![]()
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