投稿者: 編隊飛行 @ sisetu-45.jimut.kyutech.ac.jp on 98/3/09 17:56:36
In Reply to: 【帝撃昔話〜番外編】前編(超長文)
こうして、鳥たちは、思い思いの色に自分の身体を染め上げていきました。 「アイリス?」 「むにゃむにゃ・・・。」 「眠ってしまったようね。おやすみ♪」 眠れないからと駄々をこねるアイリスのために童話を読んであげていたマリア は、アイリスが寝付いたことを確認すると静かに部屋の外へ出た。もう夜も更け ている。帝劇の中には静寂だけが訪れていた。いつもならそのまま自室に帰って ベッドへ潜り込むのだが、今日はなかなか寝付けそうになかった。 (ふっ。あんな話で眠れないなんて。私はカラス・・・か。クワッサリーと呼ば れていた私が・・・) マリアの足はテラスの方へと向かった。真っ黒な帝都の夜に白く輝く外灯。星 空と見まごうばかりのその風景を見るのがマリアは好きだった。白と黒のコント ラスト。あの真っ白な雪の中で見た星空。普段は雲に隠れ見ることなどできなか った空。白と黒だけが支配する色のない世界。 (私には色のない世界がお似合い・・・。やはり、私はカラス・・・。) 窓の外をぼんやりと眺めていると、あの日の光景が浮かんでくる。忘れたいの にそれは彼女の心の奥から消えることなどないのだ。 (白い氷原。真っ黒な空。黄色く火を噴く銃口。そして、あの人の胸に咲いた真 っ赤な薔薇・・・。私の心の色はあの時に消えた。) (そう、あの時から私は『火喰い鳥』を捨て『カラス』になった。色と共に過去 を捨てた。) あの時、氷原を渡っていった風がここに吹いているようだ。心の底から寒さを 感じるあの風。知らず知らずのうちに、その寒さを消すように目から熱いものが 湧き上がってくる。マリアがそう感じたとき、不意に後ろから声がした。 「マリア!そこでなにをしてるんだい?」 「えっ?あっ、隊長・・・。見回りですか?ご苦労様です。」 涙の後を見せないように、そっと右手で目を拭いながらマリアは振り向いた。 いつもの大神の笑顔。今日はとてもまぶしく輝いて見える。 「泣いていたのか?」 マリアの灰色に沈んだ瞳が赤く染まっていることに気が付いた大神が優しく声 を掛ける。 「そ、そんなことは・・・。ちょっと眠れなかっただけですよ。」 慌てて繕うマリア。 「と、ところで隊長、カラスの羽根はなぜ黒いかご存じですか?」 「ん?ああ、昔話だね。カラスだけが虹を通らなかった・・・ってやつかい?」 「えぇ。よくご存じですね。さすがは隊長。」 「いや、昨日聞いた蒸気ラジヲの落語でやってたんだ。確か、編隊亭飛行之助と かいう下手な落語家だったなぁ。『カラ〜、カラ〜』って色を求めて飛んでい るってオチだったけどね。」 「鳥が色を持ってなかった頃の世界って、どんな世界だったんでしょうね・・。」 「マリア・・・・。」 「私はここから見る景色が好きです。黒い街と白い灯り。色のない世界。私はカ ラスなのかもしれない・・・・。」 「どうしたんだい?いつものマリアらしくないぞ?」 (私らしくない・・・か。いつも冷静沈着、任務は完璧にこなす戦闘マシン。コ ードネームは『クワッサリー』。昔の私。過去は捨てたはずなのに・・・。) (私はあの人と一緒に行きたかった。だから、迷惑を掛けないようにいつも一生 懸命だった。でも、私のせいであの人は・・・。それからはずっと一人・・・) 「私は・・・・ひとりぼっちのカラス・・・。あの日の真っ赤な血。あの日から 私は色は捨てた・・・。黒いコートだけが私の衣装。喪服・・・。」 言葉にしたつもりはなかったのだが、マリアの口からは音が漏れていた。そし て、灰色の目からもまた涙があふれ出していた。 (あの日、刹那との戦闘で忘れたはずなのに。過去を吹っ切ったはずなのに。今 日の私は・・・。童話の世界に引きずられるなんて。この場所で隊長に会った から?) マリアにもこの胸の高揚は理解できなかった。押さえていたものは全て吐き出 したはずだったのに。まだどこかに影が残っていたのか。いつのまにか左手は胸 のロケットを握りしめている。 「マリア、君はカラスなんかじゃない。舞台の上で輝いているじゃないか。それ に今ではたくさんの仲間がいる。俺だって・・・。」 大神はマリアの肩を抱くと、そのままきつく抱きしめた。 「た、隊長・・・。」 「過去を忘れろ・・・なんて言わない。人間は過去からは逃げられないんだ。忘 れることなど出来ない。だから生まれ変わるんだ。過去は過去として見つめて いればいい。もう終わったんだ。これからは新しい自分を見つけるんだ。そし て、新しい自分の色を作っていく。」 「・・・・・・。」 「マリア、いまから君は虹の中に立つんだ。そして、綺麗な色の羽根を手に入れ るんだ。いや、本当はすでに毎日虹の中に立っていることに気付いてないだけ。 さぁ、おいで・・。」 大神は劇場の客席へとマリアを誘った。 「ここへ座って。君が毎日立つ舞台を見つめてごらん。」 真っ暗な客席と真っ暗な舞台。そこは色のない世界だった。隣に座ったはずの 大神はいつのまにか消えている。彼女の心には恐怖心が芽生える。暗闇を恐れる 原始的な感情。人が野生の時代から持ち続ける恐怖。 「マリア、いいかい。」 大神の声だけが遠くに響く。言葉はとても暖かい。 (一人じゃない。私には仲間がいる・・・) そして・・・・・。 「あっ!虹が・・・。舞台に虹が・・・。」 舞台を照らすライト。その光は七色の虹を描き出していた。 「虹の舞台。私が歌い踊る場所。毎日、この虹の中で過ごしていたなんて・・。」 いつの間にかマリアの肩を再び大神が抱えていた。 「綺麗だろう。マリア、君は毎日虹の中にいたんだ。気が付かなかっただけで。 だから、もうカラスなんかじゃなかったんだ。わかるかい?」 「はい・・・・。」 「君は生まれ変わったんだ。どんな色の鳥にでもなれる。自分を新しい色に染め 変えるだけ。過去を捨てる必要などないんだ。昔の想い出も新しい色で塗り替 えればいいのだから。」 「隊長・・・。私・・・・・・。」 マリアの言葉は、涙で音に変わることはなかった。 「さぁ、夜も遅い。そろそろ部屋へ引き上げようか?」 「もう少し、もう少しだけ見ていてもいいですか?この虹を・・・・」 そして、マリアは立ち上がると舞台へ向けて歩き始めた。虹の中へ。七色の光 の中へ・・・・・。 〜完〜 |