Re: 「正月大戦」〜マリアの純情3〜(長文)



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投稿者: 天下無敵の無一文 @ ppp063.tokyo.xaxon-net.or.jp on 98/1/31 12:06:42

In Reply to: 「正月大戦」〜マリアの純情〜(長文)

posted by 天下無敵の無一文 @ ppp063.tokyo.xaxon-net.or.jp on 98/1/31 12:03:41


 注文したものが運ばれてきてからは、あたたかい料理に舌鼓を打ちながら、色々な事を話し合った。昔のこと、最近のこと、帝都で流行しているものや、帝劇のみんなの裏話や、失敗談など、話題は尽きる事無く、いつしか二人は時間を忘れて話し込んでしまっていた。


 ふと気が付くと、薄曇りの空も、そろそろ夕暮れの気配を感じさせるようになり、マリア達はそろそろ帰ろうかと席を立つ。


 帰り道でも、二人はいつ果てるともしれないおしゃべりを楽しんでいた。

「それで、その時のカンナったら...」

 そうマリアが話しかけたとき、大神は何故か少し後ろの方を見ていた。彼の視線を追うと、その先には――やはりお参りだろうか――きらびやかな、趣味の良い振袖を着た女性たちが、何事か楽しそうに笑いながら、ゆっくり歩いていた二人の横を通り過ぎていく所だった。

 自分は変わったと、つくづくマリアはそう思う。

 ほんの少し、2、3年前のマリアなら、同行している男性が自分以外の女性に目を奪われていたからといって、こんなにも動揺したり、不機嫌になったりはしなかった。

 ましてや何度も修羅場をくぐった雪国の戦士である自分が、足元の凍った地面に気が付かなかったり、そのために滑って、悲鳴を上げながら派手に転倒することなど有り得なかっただろう。

「きゃあっ!」

 どっすん!

 突然のことに驚いた大神だったが、すぐに状況を把握すると、あわてて駆け寄り、心配そうに手を伸ばす。

「だ、大丈夫か? マリア! どこか怪我はしていないか!?」

「い、いえ、大丈夫です。」

 思わずつっけんどんに大神の手を振り払い、立ち上がろうとする、が

「痛っ!」

 唐突に走った激痛に、思わず座り込んでしまった。どうやら足をひねったらしい。

「大丈夫か?...ちょっと、見せて。」

 大神は、コートの裾を少しまくって、傷を診る。

「うわ、思ったより腫れてるな...、立てるかい?」

 心配そうに自分の顔をのぞき込む大神に、それまで――痛みとは別の理由で――身じろぎも出来なかったマリアは

「い、いえ、大丈夫です!」

 と、先程と同じ答えを返した。

 そうしている間にも、だんだんマリアの足は腫れあがってきている。

「...こりゃ、歩くのは無理そうだな。よし、俺がおぶっていってやろう。」

「えええ!?」

 思わぬ申し出に、マリアは真っ赤になって大いにあわてる。

「そ、そんな、だ、大丈夫です!立てます!!」

 実際、我慢できない痛みではない。気丈にも痛めた足をかばいながら、あわててゆっくり立とうと矛盾した行動に出る、が...

 その時、ふと、いつか聞いた言葉が甦った。

『...たまには甘えても、いいんじゃないかい?...』

 そうね...

 たまには、いいかも

「痛い!」

 声を上げるほどではなかったにしろ、痛いことは確かだ。

 嘘は、ついていないわね。

 内心マリアはつぶやく。

「ほら、無理しないで。」

 そう言って、大神はこちらに背を向けてしゃがむ。

「...それでは、お願いします。」

 青年の、思いのほか大きな背中に身を預けると、一瞬の浮遊感の後、マリアは大神に、小さな子供のようにおぶわれていた。

 そのまま大神は歩きだし、景色が背後へゆっくりと流れていく。

「...すみません、隊長。」

「いや、いいよ。しかしマリアが転ぶなんて珍しいね。」

 .....

 そうね、もう少し、甘えてもいいかな

「隊長?」

「うん? なんだい?」

 マリアは、少し不機嫌を装って、詰問する。

「さっき、女の人に見とれていましたね。」

「え!? いや、その、あれは...」

 一つ年上の青年は、とっさにそう言うが

「あれは?」

 マリアは容赦しなかったので

「....マリアがあんな、振袖を着たら綺麗だろうなって思って...」

 観念したように、自白する。

マリアは、それを聞くと真っ赤になってしまったが、すぐにそのまま大神の背中に全体重を掛けて、ついでに後ろからぎゅうとだきしめる。

「うわぁ! ど、どうしたんだマリア!いきなり!!」

 今度は大神が赤くなる番だった。そんな相手の様子にはお構い無しに、無情の取調官の詰問は続く。

「隊長...私の振りそで姿、見たいですか?」

「....あ、ああ。」

「それなら、一つ教えてください。」

「なんなりと。」

「隊長が一番好きな女性は、誰ですか?」

 容赦の無い取り調べに、ついに哀れな捕虜は、降参する。

「.....マリアだ。」

「...その言葉に、嘘はありませんね。」

「ああ、もちろんだ。」

「それなら....いいですよ。また、どこかへ連れていって下さいね。」

「ああ、もちろんだ。」

 それっきり、二人は口を閉ざす、が、強いて言葉は必要ではないのだろう。

 優しい青年から伝わる静かな鼓動と、風の冷たさを忘れさせる温もりが...

 そして、傷ついた少女から伝わるかすかな息づかいと、確かにここにいるという証の重さが...

 マリアから大神へと流れていく思いがあり、大神からマリアへと流れていく思いが有ることを、確かに二人に感じさせていた。

 それは、あの日から、彼女が久しく忘れていた、かけがいの無い人から感じる、安らぎ...

 そして、周りからの奇異な視線も気にすることなく、白く染め抜かれた街を歩いてゆくのだった。

 


 後日、マリアが50銭硬貨を持って、あの年老いた占師に会いに行ったのは、言うまでもない。