[ このメッセージへの返事 ]
[ 返事を書く ]
[ home.html ]
投稿者:
HRK @ pppC337.kyoto-inet.or.jp on 97/11/24 01:39:21
In Reply to: Re: 読切「憂いのマリア」
posted by HRK @ pppC337.kyoto-inet.or.jp on 97/11/24 01:33:32
俺達は特に目的もないまま、ぶらぶらと久しぶりの二人だけの時間を楽しんでいた。
マリアは特に変わった様子もなく楽しんでいるように見えた。
本当に何でもなかったのか、あるいはそう装っているだけなのか。
どちらなのか俺には判断できなかった。
やがて日が落ちてくると、今ではすっかり常連になってしまった、
マリアの知人がやっているバーで食事をすることになった。
いつものようにマリアは公演の事、花組の事など話しながら食事を楽しんでいるようだった。
「マリア、何か悪い夢にでもうなされていたのかい?」
突然俺は切り出した。
確かにいつものマリアと変わらないように見えたが、今日のマリアはしゃべりすぎていた。
いつもはどちらかというと聞き手の方が多いマリアが、今日はよく話してくれていた。
しかも自分のことは一つも話さなかった。カンナとすみれ君がまた喧嘩していたとか、
アイリスがだだをこねるので困るとかいう話ばかりで、いつもしてくれるマリアの国の話をしてくれなかった。
やはり昔の辛い夢を見たのだろう、と思った。
しばらくマリアはワインの入ったグラスを見つめたまま、
まるで凍り付いたかのように何も話さずじっとしていた。
「隊長、私と二人だけでどこか遠くへ行きませんか?」
突然のマリアの言葉に驚いたが、その内容には更に驚かされた。
「どうしたって言うんだい?マリア。突然そんなこと言い出すなんて。」
「隊長は、今までの思い出を全部捨てて、これから私との思い出だけで生きていけるのですか?!」
マリアはすっかり取り乱していた。
「マリア、少し落ち着けよ。」
間髪入れずマリアは叫んだ。
「答えて下さい!!!」
マリアのその大声に周りの客達が驚いてこちらを見ている。
しかしマリアはそんなことも気にせず、もう一度、「答えて下さい、隊長・・。」と言った。
が、もう最後の方は声がかすれていた。見ればマリアはぼろぼろと涙をこぼしている。
そんなマリアの様子に気が付いて、マリアと古くからの知り合いである、
店の主人がレコード新しい物に変えた。客達の注意は、今の流行歌の方へと向いていた。
俺が店の主人の方へ目をやると、主人は軽く頭を下げた。
そんな主人に俺は感謝したが、どうしたものか困っていた。
今のマリアは普通ではない。しかし俺は決心してこう答える。
「ああ。マリア、俺は君と一緒ならばどこへでも行けるさ。」
「嘘だ!そんなことが出来るはずがない!私は過去の思い出を捨てることは出来ない、
思い出を、隊長のことを忘れて生きてはいけない!」
一息ついて俺はこう続けた。
「そうだな。花組のみんなと戦ったこと、帝劇で過ごした日々、士官学校の頃、
両親との思い出、全部、俺にとってはとても大切なものだ。決して忘れることが出来ないだろう。」
「それでは・・、やはり・・私は・・。」
「でも、それと俺が、マリアを愛していること、とは別のことだ。」
「でも私は過去のことを、あの人のことを忘れられないんですよ?
そんな私を隊長は愛してくれるのですか?」
俺はワインで渇いた喉を湿らせてからこう言った。
「過去の思い出って言うのはね、マリア、俺は自分そのものだと思うんだよ。
それまで自分がしてきたこと、人に教えてもらったこと、一緒に頑張ってきたこと、
それって自分の中にいつまで経っても生き続けているものだろう。」
「多分マリアは思い出が忘れられないんじゃなくて、
昔大切な人を死なせてしまった自分を未だに許せないだけだと思う。そうだろう、マリア?」
マリアはうつむいてしまったが、もう落ち着いたようだった。
「そうですね。私は自分の過ちを過去の思い出に閉じこめていただけなのかもしれません。
それではあの人も私を許してはくれませんね。」
良かった。もうマリアはいつもの口調に戻っていた。
「マリア、今度君の故郷につれていってくれないか。」
マリアは顔上げ「はい。」と笑顔で答えてくれた。
「あの人ときちんとお別れをしてきます。
もちろん忘れることは出来ないでしょうが、そうしないといつまで経っても隊長に、
思いを伝えることが出来そうにありませんからね。」
「思いって?」
「それはロシアに帰ってから、です。隊長。」
「その時は『隊長』ではなく、名前で呼んでくれるのかい?」
「それもお楽しみにしておいて下さい。『隊長』。」
マリアはいたずらをする子供のように意地悪く笑って見せた。
今はその笑顔だけで、充分、満足だった。
レコードから流れる歌はちょうど女性が切なげに歌い上げる、さびのところだった。
マリアは目を閉じて歌を聞き入っている。
その歌詞はまるでマリアの今の気持ちを歌っているようだった。
そして俺は、マリアが今夜良い夢を見てくれることを願って、グラスに残ったワインを飲み干した。
_The end
|