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投稿者:
VR @ 202.237.42.71 on 97/11/11 10:55:09
ハロウィン大戦『トリック・オア・トリート?』
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忙しすぎたのだ、今日は。みんなもそれを察してくれたらしく、
俺は一人、テラスでしばらくの休憩である。
今日はハロウィンの夜。今日の公演に来てくれたお客さんに、
花組のみんなはお菓子の袋を配っている。その袋詰めの作業で、
朝からこき使われていたのだ。まだ腕がだるい。数が足りそうに
ないからと、公演を見てもらってる合間に追加の袋を用意
したためだ。
ハロウィン。子供たちがお化けに扮して、家を訪ね歩き、
『トリック・オア・トリート』、悪戯か、お菓子かと聞くわけだ。
しかしこの日本においては、仮装パーティーに近いものに
なっている。
「星もきれいだし……絶好のハロウィン日和、ってやつかな?」
ハロウィンにはもう一つ、死者の魂が帰ってくるという意味での
祭事でもある。日本で言えば、お盆に近い意味合いだろうか。
「魂……。」
俺は突然、あの人のことを思い出した。もうここには居ない人……。
ものの本によれば……そう、こんな言い方もできるだろう。
地上からは一つの生命が消え、空には一つの星が増えた、と。
「あやめさん……今日は、ここに……帝劇に帰ってくるんですか……?
それとも……。」
「……隊長?」
不意に声をかける存在があった。見ればそれは……。
「うわっ!?」
立っていたのは、南瓜の顔を持つ、黒いマントのお化けであった。
思わず後ろにのけぞると、そのお化けの口から笑い声がもれてくる。
「あはは、悪い悪い!このまんまのカッコだっだの、忘れてたぜ。」
カンナの声である。さすがに大きなお化けになるな、と俺は失礼な事を
考えていた。
「なーに感傷にふけってんだよ。らしくねえぜ、隊長。」
「あ、いや……星が、きれいだったものでね。」
「と、ひたってる所悪いんだけど、ここらで休憩はお終いだぜ。」
「あ……もうこんな時間か。」
懐中時計を取りだせば、もう半刻ほども経っている。
「今日は子供たちもたくさん来てたね。反応はどうだった、
カンナ?」
「普段ならパーッと飛びかかってくるんだけどね。さすがに
カボチャの面をかぶってるだろ?」
「カンナだ、って気付かないか。」
「そう言いたいのはやまやまだけどね。アタイ、でっかいからさー。
すーぐ、バレちまうんだよね。」
「はは、いいじゃないか。人気があって。」
俺は、先ほど頭に浮かんだ失礼な考えを思い出し、苦笑した。
「ま、そうだけどな。」
言いつつカンナは南瓜の面を取り外した。……瞬間、ドキッとした。
うっすらと汗ばんだ小麦色の肌。バンダナは外しており、
面のなかでクセがついたのだろう、いつもの跳ね上がった髪は、
ストレートに近くなって肩まで伸びていた。髪の間から見え隠れする
瞳が、星の瞬きを受けてキラキラと輝いてみえる。
「……隊長?どうしたんだよ。」
「あ、い、いや……。キレイだなって、思ってさ……。」
「!」
「ご、ごめん。何いってるんだろうね、俺……。」
また失礼な話だが、俺はカンナと二人きりになっても、カンナに
対して女性へのときめきを感じる事はほとんどなかった。二人で稽古を
していても、あまり冷やかしを受けた記憶はない。しかし、今日は……。
「た、隊長……そんなに、見つめられたら……おかしく、なっちまうぜ……。」
「カンナー!ねえ、カンナってばー!」
「!」
アイリスはカンナを探して、テラスの方へと向かって来た。
何故かとっさにカンナは、自分のマントの中に俺を引き寄せた。
「あ、カンナ!ねえ、お兄ちゃんは見つかった?」
「あれ?さっき下に降りていかなかったか?」
カンナのマントは非常に大きく、足元まですっかり隠れている。
俺の足は、見えない。
「そう?おかしいなあ……カンナも、すぐ戻ってきてね!」
アイリスが階段をかけ降りる音が完全に消えるころ、
ふうっ、とカンナの息がもれた。
「あー、危なかったぜ。」
二人が一人に見える様にと、カンナは体を完全に密着
させている。
「カ、カンナ……。」
「……せっかくの時間を邪魔されたくねえからな。……嫌かい?」
「カンナ……。」
マントの中は完全に真っ暗、お互いの顔は見えない。俺よりも
背が高いカンナは、少ししゃがみこんで……
「!……」
マントの中は真っ暗、お互いの顔は見えない。しかし、そのなかで、
確かにカンナは、俺に……。
「カンナさーん!ちょっと、来てくださらない!」
一階からのすみれくんの呼び声に、俺は我にかえった。
「……おおっと、いけねえ。アタイの出番のようだぜ!」
カンナはマントから顔を出す。いつもの元気な笑顔だった。
「んじゃ、隊長!これ、お願いな!」
言うなりカンナは、南瓜の面を俺にかぶせると、階段の方へと
駆けていった。
さっきのカンナの行動は、トリックだったのか、トリートだったのか?
あるいは、その両方だったのかもしれない。
『彼女たちは、もっと強くならなきゃいけない。でもね、それは
一人で生きていくという意味じゃないわ。仲間の一人一人を信頼すること、
それが強くなるという事なのよ。
……彼女たちは、まだ弱いかもしれない。だからそれまで……
強くなるまで、守ってあげてね……大神くん。』
「……大丈夫ですよ、あやめさん。彼女たちは、とても強くなりました。
もしかしたら今度は、俺が守られる番かもしれません……。」
俺は、先刻カンナに感じたぬくもりを思いだし、まだしばらくは
星空を見つめていた。
(終)
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