
[ このメッセージへの返事 ]
[ 返事を書く ]
[ home.html ]

投稿者:
高山 比呂 @ ppp-y104.peanet.ne.jp on 98/3/08 01:01:05
In Reply to: 『土星』 第十七期:「白の正則」〜白いドアの側〜
posted by 高山 比呂 @ ppp-y104.peanet.ne.jp on 98/3/08 00:58:52
暗闇。
感じることのできる光は、鉄の扉の格子窓から差し込む蛍光燈の薄明かりだけ。
朝も昼も夜も曜日も時間も何もかもがわからない、わからせてくれない世界。
ヨーコは、両手で顔を覆って、扉に寄り掛かり、沈黙の唇で座っていた。
「マサキ」
楽しかった思い出が、スライドショーのような断片的な静止画の繋がりで、流れ落ちてゆく。
・・・
この世界に閉じ込められてから13回目の発作が彼女を襲った。
しかし、その瞳の色は今までのそれよりも、白く、まるで干し草の上に降り積もった雪のようであった。
「もうやだ」
両手を思いっきり、後ろの扉に叩き付ける。
「こんなとこ、こんなとこ、こんなとこ」
言葉と共に両手を動かす。しかし、後に残るものは拳の痛みと、背中の振動と、鈍い音だけだ。
「もういやなんだ」
少し乱れた呼吸で髪の根元を拳の先で掴むと、虚ろな瞳で呟きはじめた。
「僕は、・・・僕は、こんなところにいたくない。・・・いたくない、いたくないよ。・・・こんなのやだ。・・・こんなの、こんなの、こんなの、こんなのもうやだ〜!!」
突然、全てを吐き出す程の大声で叫んだ。叫び続けた。
「うあ〜!!」
その瞬間、何かが、降り注いだ。
いや、湧き出たといった方がいいのだろうか。
とにかく白い光がヨーコを包み、その躯を持ち上げたのだ。
浮かび上がったヨーコの顔は驚くほど穏やかで、
「白の正則を、全宇宙のシンに」
瞳を見開き、深く息をして、腕を広げると、それにあわせたように背中から白い翼が拡がった。
そして、白い光はその輝きを増し、格子窓の隙間から、煙のように溢れ出て、やがてはその階層全てを覆い尽くした。
異常を感じた二人の見張り番は、すぐさま光の元へと向かった。
「な、なんだ、これ」
「わかんねえよ」
扉の前に着いた二人だが、あまりの異様な光景に確認することをためらった。
「おい、ゴモラ、お前が見ろよ」
「やだよ」
「この前の金、帳消しにするからさ」
「でも、・・・わかったよ」
ゴモラと呼ばれた男が、格子の隙間から覗き込む。
「おい、何してるんだ」
ヨーコは、その男の瞳を白の瞳で見つめた。
「うわ」
ゴモラは思わず仰け反り、ドアの前を離れた。
「どうし・・・」
もう一方の男が尋ね終わる前に、鉄の扉が“消え”、中から白い光を纏ったヨーコが、宙に浮かんだままゆっくりと現れた。
「な、なんだ、お前」
男は、すぐさま実弾銃を構え、銃口をヨーコの方に向けた。
「僕?う〜ん・・・、話すと長いから簡単に言うよ。この世界の全ては、僕のために作られたものなんだ。そう・・・、君達は所詮、オセロの駒に過ぎない。今、あまりに黒が増え過ぎたからね。このままじゃ、ゲームが終わっちゃうんだ。だからね、そろそろ僕が裏返さなきゃいけないんだ。僕には挟まなくても白に変える能力があるからね。」
ヨーコは、ニヤついた笑顔で、語り掛けた。
「な、なに、わけのわかんねえこと言ってんだよ」
「じゃ、見せてあげるよ」
軽く開いた右手を、銃を構えた男の方に向ける。
その瞬間、白い光に包まれ、男は消えた。
いや、“蒸発した”という表現がふさわしいのかもしれない。
「ソ、ソドム!!」
「さ、次は君の番だよ」
ヨーコは右手をゴモラの方に向けた。
「頼む、許してくれ。な、逃がしてやるからさ」
ゴモラは、ベルトに提げていた鍵の束をいそいで差し出すと、命乞いを始めた。
「ん?僕にはそんな必要もないし、別に逃げたいから消したわけじゃないんだよ。彼がいらないから消したんだ。・・・そう、君もいらないんだ」
全てを言い終わった瞬間、ソドムと呼ばれた男のそれと同じように、ゴモラは消えた。
「さてと」
何事もなかったかのようなすまし顔で、ヨーコは廊下を右に折れ、機械音がする方へと進んだ。

|