投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c7.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/12/08 20:13:41
私の名前は、深沢美雪です。 家に帰ると、お手伝いさんの保科さんが出てきて、お母さんもお父さんも、今日は帰ってこないと教えてくれました。保科さんは何だか泣きそうな顔で、おお、おお、お可哀想にって言ってましたけど、私は正直辛くも何ともありません。お母さんもお父さんも、とっても忙しくて、あんまり顔を合わせる機会なんてありません。顔を合わせても、あんまりお話することもありません。私は、今日も拓也ちゃんのお家に行くことにしました。昔からずうっと、家に誰もいないときは、拓也ちゃんの家に行くことにしています。拓也ちゃんのお父さんは、源三郎おじさんって言って、とっても優しくて、面白い人です。拓也ちゃんも優しい人です。私は、お母さんやお父さんより、拓也ちゃんと源三郎おじさんの方が好きです。 買ったばかりのコートを着て、家を出ました。秋沢村はとっても寒いので、今みたいに、十月ぐらいになると、もうコートが欲しくなるのです。私は寒さに弱いので余計です。しばらく歩いていると、手が冷たくなって、かじかんできました。うまく指が動きません。これは、まずいぞ、と思いました。手袋をしてきた方が、よかったかもしれません。私の家と拓也ちゃんの家は、近いのですが、それでも歩いて五分はかかります。今度からは、手袋をしてこようと思いました。 拓也ちゃんの家に行って、フォンを押すと、拓也ちゃんが出てきました。白いYシャツと、黒いソフトジーンズの上に、真っ白に黒い縁取りのエプロンをつけていました。拓也ちゃんはお料理を作るのです。朝御飯と、お昼のお弁当はお手伝いさんが作ってくれるそうですが、晩御飯は自分で作ります。拓也ちゃんは、小さい頃にお母さんを亡くして、それからずっと、晩御飯を自分で作っているのです。とても偉いと思います。 もう慣れたもので、私はいつもの食堂に行きました。ちょっと暗くて、とっても大きいテーブルがある、綺麗な食堂です。そこには源三郎おじさんがいて、一人でクロスワードパズルをやっていました。私を見ると、「今晩は」って挨拶して、「これがわからないんだけど、美雪ちゃんわかる?」って言いました。私はこういうのは、ちょっと得意です。御飯ができるまでの間、おじさんとパズルをやっていました。 ちょっとすると、拓也ちゃんが御飯を持ってきました。鮭の切り身に、ほうれん草のおひたし、なめこのお味噌汁、ひじきの煮たの、白い御飯。拓也ちゃんは、こういう家庭的な料理が大得意なのです。「今日の米は新米だからうまいぞ」って、拓也ちゃんはちょっと嬉しそうに言いました。拓也ちゃんは、料理がうまくできたりすると、ちょっと嬉しそうな顔をします。普段はあんまり見れない、拓也ちゃんです。この拓也ちゃんを見れるのは、おじさんと、お手伝いさんと、私だけです。そう思うと、私もちょっと嬉しくなります。 いただきますを言って、御飯を食べました。とてもおいしいです。私がおいしいねって言ったら、拓也ちゃんは笑って「そうだろ」って言いました。 御飯を食べた後、拓也ちゃんの部屋で、LDを見せてもらいました。最近有名になった映画で、とっても面白かったです。 何が起きたのか、私にはよくわかりません。 朝起きたら、森にいました。村のはずれの、小さい頃は拓也ちゃんとよく遊んだ森です。目が覚めたら、ここにいました。服はきちんと着替えています。私は、夢遊病にかかってしまったのでしょうか。わかりません。何にも、わかりません。 私の目の前に、大きな石碑みたいなものがあります。何だか、とても懐かしい感じがします。今まで一度も見たことないけど、とても懐かしいです。表面には、三浦宗二郎の墓って彫ってあります。聞いたことのない名前です。でも何だか、聞き覚えがあるような名前です。三浦宗二郎--三浦宗二郎……。 探していた……声が、聞こえた気がします。 千秋……探していた、我が妻……私は、頭がおかしくなってしまったのかもしれません。周りには誰もいないのに、どこからか声が聞こえてくるのです。 もうすぐだ……もうすぐ奴がいなくなる……その間に、おまえの記憶を……おまえを、呼び起こそう……私は怖くなりました。頭が、逃げろ、逃げろって言ってます。でも、手も足も動きません。がたがた震えて、全然身動きがとれません。 もうすぐだ、千秋……気がついて一番最初に目に入ったのは、拓也ちゃんの顔でした。 私はあの後、気を失ってしまったようです。たまたま山に入っていた村の人が、私を見つけて、拓也ちゃんの家まで運んでくれたのだそうです。また、いろんな人に迷惑をかけました。私はつくづく駄目な奴だと思います。 少ししたら頭がすっきりしたので、もう帰るって言ったら、「もう少し寝てろ、馬鹿」って怒られました。とっても怖かったけど、これは拓也ちゃんなりの優しさなので、私は拓也ちゃんの言う通りまた眠りました。 その日は、拓也ちゃんの家に泊めて貰いました。拓也ちゃんは何か言いたそうだったけど、何にも言いませんでした。大人だと思います。私には真似できません。 次の日。私は、拓也ちゃんと一緒に学校に行きました。そして、私が生きてきた中で一番悲しかった、あのことがあったのです。 続く
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