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柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c9.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/12/09 18:03:35
In Reply to: 『GEYZER』第二部 〜美雪の章〜 第一回
posted by 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c7.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/12/08 20:13:41
私の名前は、深沢美雪です。
今日、学校で嫌なことがありました。
昼休み、私が本を読んでいると、クラスの男の子達が私のところに来て、こう言いました。
「なあ、何でおまえ昼メシ食わないの?」
理由は簡単です。私はもともと体が弱くて、あんまり御飯を食べられません。朝も、普通は、牛乳をほんのちょっとだけ、飲むだけです。それでも時々お腹が痛くなって、胃のあたりがきりきりして、吐きたくなります。それだから、学校では、お昼は食べないことにしています。ジュースを飲めばいいだろうと言うかもしれませんが、どうせ一滴か二滴しか飲まないのだから、無駄遣いになってしまいます。
私がそう言ったら、男の子達は、何だかにやにやして「そりゃ可愛そうだなあ」と言いました。私は不安になって、席から立ち上がろうとしました。そしたら肩をおさえつけられて、無理矢理椅子に座らされて、動けないように腕を掴まれてしまいました。
「可愛そうだから、俺達がメシおごってやるよ」
私は、いいよって言おうとしたのですが、そうする前に、口にカレーパンを詰め込まれてしまいました。食べかけのやつで、ねちゃねちゃしてて、臭くて、油っぽくて、それだけで吐きそうでした。でもきっと、私が吐いたら、この人達はとっても怒るような気がしました。だから、我慢して飲み込みました。喉が、パンを嫌がるみたいに、押し戻そう押し戻そうと動いていました。とっても苦しかったです。
クラスの他の人達は、みんなくすくす笑って私達を見ていました。怖いです。泣きたいです。でも泣いたら、きっとぶたれます。この前泣いたあとが先生に見つかって、この男の子達は怒られてしまいました。私のせいだって、後でぶたれました。凄く痛かったです。あんな痛い思いするのは、もう嫌です。だから泣けません。 私がパンを飲み込んだら、男の子達は笑って「うまかったか?」と聞いてきました。ほんとは全然おいしくなかったけど、そんなこと言ったら、またぶたれます。だから私は、おいしかったよって言いました。男の子達は、またおごってやるよって言いました。もういいよって言いたかったけど、言えませんでした。でも今度は、私が何かろくでもないことを考えたせいじゃありません。男の子の一人が、凄い勢いで殴られたからでした。
「何してやがる」
殴ったその人は、私のたった一人のお友達の、拓也ちゃんでした。拓也ちゃんは凄く怒っているみたいでした。
「べ、別に、俺は何も……」
男の子達は拓也ちゃんを怖がっているみたいです。先生方は、拓也ちゃんはとっても乱暴で、喧嘩が強いって言ってました。私が知ってる拓也ちゃんは、いっつも難しい本を読んでいて、勉強ができる拓也ちゃんですが、実は喧嘩も強いのだそうです。拓也ちゃんは凄いのです。私なんかよりずっと凄いのです。
「今度同じような真似してみろ。おまえら、全員殺すぞ」
言ってすごんだ拓也ちゃんの顔は、とっても怖かったです。こういう拓也ちゃんは、格好いいけど、何だか嫌です。いつもの、ぶっきらぼうだけど、本当は優しい拓也ちゃんの方が、私は好きです。 でも、助けて貰ったのに、こんなことばっかり考えていて、私は嫌な奴だと思いました。
その日は拓也ちゃんと一緒に帰りました。拓也ちゃんは私が何にも抵抗しないことに、ちょっと怒っているみたいです。それは当然です。私が一言「いやです」って言えば済むことです。でも私は臆病だから、そんなこともできません。私は拓也ちゃんに「ごめんなさい」って言いました。そしたら拓也ちゃんは、ちょっとだけ怒った顔をしましたが、すぐに優しい顔をして「……まあ、いいよ」って言いました。本当は、私のことを怒りたいんだと思います。きっと、腸の煮えくり返るような思いなんだと思います。でも拓也ちゃんは私をぶったりしません。拓也ちゃんはやっぱり優しい人だと思います。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家に帰ると、お手伝いさんの保科さんが出てきて、お母さんもお父さんも、今日は帰ってこないと教えてくれました。保科さんは何だか泣きそうな顔で、おお、おお、お可哀想にって言ってましたけど、私は正直辛くも何ともありません。お母さんもお父さんも、とっても忙しくて、あんまり顔を合わせる機会なんてありません。顔を合わせても、あんまりお話することもありません。私は、今日も拓也ちゃんのお家に行くことにしました。昔からずうっと、家に誰もいないときは、拓也ちゃんの家に行くことにしています。拓也ちゃんのお父さんは、源三郎おじさんって言って、とっても優しくて、面白い人です。拓也ちゃんも優しい人です。私は、お母さんやお父さんより、拓也ちゃんと源三郎おじさんの方が好きです。
買ったばかりのコートを着て、家を出ました。秋沢村はとっても寒いので、今みたいに、十月ぐらいになると、もうコートが欲しくなるのです。私は寒さに弱いので余計です。しばらく歩いていると、手が冷たくなって、かじかんできました。うまく指が動きません。これは、まずいぞ、と思いました。手袋をしてきた方が、よかったかもしれません。私の家と拓也ちゃんの家は、近いのですが、それでも歩いて五分はかかります。今度からは、手袋をしてこようと思いました。
拓也ちゃんの家に行って、フォンを押すと、拓也ちゃんが出てきました。白いYシャツと、黒いソフトジーンズの上に、真っ白に黒い縁取りのエプロンをつけていました。拓也ちゃんはお料理を作るのです。朝御飯と、お昼のお弁当はお手伝いさんが作ってくれるそうですが、晩御飯は自分で作ります。拓也ちゃんは、小さい頃にお母さんを亡くして、それからずっと、晩御飯を自分で作っているのです。とても偉いと思います。
もう慣れたもので、私はいつもの食堂に行きました。ちょっと暗くて、とっても大きいテーブルがある、綺麗な食堂です。そこには源三郎おじさんがいて、一人でクロスワードパズルをやっていました。私を見ると、「今晩は」って挨拶して、「これがわからないんだけど、美雪ちゃんわかる?」って言いました。私はこういうのは、ちょっと得意です。御飯ができるまでの間、おじさんとパズルをやっていました。
ちょっとすると、拓也ちゃんが御飯を持ってきました。鮭の切り身に、ほうれん草のおひたし、なめこのお味噌汁、ひじきの煮たの、白い御飯。拓也ちゃんは、こういう家庭的な料理が大得意なのです。「今日の米は新米だからうまいぞ」って、拓也ちゃんはちょっと嬉しそうに言いました。拓也ちゃんは、料理がうまくできたりすると、ちょっと嬉しそうな顔をします。普段はあんまり見れない、拓也ちゃんです。この拓也ちゃんを見れるのは、おじさんと、お手伝いさんと、私だけです。そう思うと、私もちょっと嬉しくなります。
いただきますを言って、御飯を食べました。とてもおいしいです。私がおいしいねって言ったら、拓也ちゃんは笑って「そうだろ」って言いました。
御飯を食べた後、拓也ちゃんの部屋で、LDを見せてもらいました。最近有名になった映画で、とっても面白かったです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何が起きたのか、私にはよくわかりません。
朝起きたら、森にいました。村のはずれの、小さい頃は拓也ちゃんとよく遊んだ森です。目が覚めたら、ここにいました。服はきちんと着替えています。私は、夢遊病にかかってしまったのでしょうか。わかりません。何にも、わかりません。
私の目の前に、大きな石碑みたいなものがあります。何だか、とても懐かしい感じがします。今まで一度も見たことないけど、とても懐かしいです。表面には、三浦宗二郎の墓って彫ってあります。聞いたことのない名前です。でも何だか、聞き覚えがあるような名前です。三浦宗二郎−−三浦宗二郎……。
探していた……
声が、聞こえた気がします。
千秋……探していた、我が妻……
私は、頭がおかしくなってしまったのかもしれません。周りには誰もいないのに、どこからか声が聞こえてくるのです。
もうすぐだ……
もうすぐ奴がいなくなる……
その間に、おまえの記憶を……
おまえを、呼び起こそう……
私は怖くなりました。頭が、逃げろ、逃げろって言ってます。でも、手も足も動きません。がたがた震えて、全然身動きがとれません。
もうすぐだ、千秋……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がついて一番最初に目に入ったのは、拓也ちゃんの顔でした。
私はあの後、気を失ってしまったようです。たまたま山に入っていた村の人が、私を見つけて、拓也ちゃんの家まで運んでくれたのだそうです。また、いろんな人に迷惑をかけました。私はつくづく駄目な奴だと思います。
少ししたら頭がすっきりしたので、もう帰るって言ったら、「もう少し寝てろ、馬鹿」って怒られました。とっても怖かったけど、これは拓也ちゃんなりの優しさなので、私は拓也ちゃんの言う通りまた眠りました。
その日は、拓也ちゃんの家に泊めて貰いました。拓也ちゃんは何か言いたそうだったけど、何にも言いませんでした。大人だと思います。私には真似できません。
次の日。私は、拓也ちゃんと一緒に学校に行きました。そして、私が生きてきた中で一番悲しかった、あのことがあったのです。
続く
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