小説『一番星に捧ぐ詩(うた)』3の2



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 97/11/13 09:25:13


 それから先のことは覚えていない。
 気がついたとき、僕は病室のベットに寝かされていた。日が高く、太陽光線は目覚めたばかりの僕の目に、まぶしく差し込んできた。そのうち看護婦がやってきて、僕が気付いたことを知るととても嬉しそうに笑った。あの子ほど綺麗ではなかったが。ああ・・・僕は何を考えているのだろう。
 その人の話によると、警察が僕を見つけたとき僕は錯乱しており、大事をとった警官が警察病院に入れてくれたのだそうだ。僕の叫び声を聞きつけて、近所の人が110番をしてくれたらしい。意識はしっかりとした、とその看護婦は聞いた。僕はなんとか、と答えた。彼女は微笑んで出ていった。
 しかし実際のところ、僕の頭はだいぶぼんやりしていた。何が起きたことなのか、何が起きなかったことなのか、確認する必要があった。いきなり思考に入るには頭が痛むので、僕は改めて周りをゆっくり見回した。
 警察病院は殺風景なところと聞いてはいたが、実際そうだった。薄汚れた白い壁と床。鉄パイプの銀が鈍く光るベッドには、僕の名札らしきものがくくりつけられていた。きっと一番粗末な部屋なのだろう。小型テレビも冷蔵庫もなかった。きっと僕のような1時的な患者が入るところに違いない。長くいるにはこの部屋は物がなさすぎた。
 さぁ・・僕は考えなければいけない。学校帰りに本屋に立ち寄って・・・・・。声を出さずに考えていく内に、僕の意識は闇の中へと沈んでいった。

 ドアをノックする音が聞こえる。聞こえるが、それに対して自分が何かリアクションをしなくてはいけないという気持ちはなかなか浮かんで来なかった。思い出したことは、目覚めたばかりの僕にはあまりにも大きすぎて、脳回路はすっかり持て余していた。出来ることなら捨て去ってしまいたかった。
 ドアをたたく音は更に強くなったようだった。僕はいつの間にか閉じられていた瞼をゆっくりと開けた。しかし、そこまでだった。何も動こうとは思わなかった。
「おい・・・!!! いるのかね?」
 男の声が聞こえる。意志の強そうな声だ。きっと体格もいいのだろう・・・・。
「いるのか? いるなら返事をしてくれ」
 その時になってやっと僕の頭は動き出した。内面だけを見つめていた目は外に向けられ、自分のすべき事が理解できた。
「ああ・・・どうぞ」
 ドアを叩く音は止み、かわりにすっと内側へ開いた。きっとドアもほっとしたことだろう。あんなに叩かれていては身が持たないだろうから。
「やあ・・・・・元気かね?」
 40代後半くらいの背広を着た男が入ってきた。立ち振る舞いからして警察官なのだろうか。それ以外で僕を訪ねてくる人などいないだろう。
「ええ、なんとか。・・貴方は?」
 自分では普通にしているつもりだったのだが、僕の瞳はまだ宙を掴んでいたらしい。彼は心配そうな目つきで僕をのぞき込んだ。そのおかげで焦点が合い、僕は彼をもっとよく観察することが出来た。
 いかつい四角顔をしているが、目は優しい。ずんぐりとした体につくものは脂肪ばかりではなく、筋肉もあるのだろう。俊敏そうに見えた。
「ああ・・・私は今回の件の担当刑事だ。君を発見したのも私だよ」
「そうだったんですか・・ありがとうございます」
 ということはこの人と話していかなくちゃいけないわけだ。この人でよかったと感じた。頼りになりそうだ。
「いや・・しかし回復したようでなりよりだ。始めに見つけた時は手が付けられなかったぞ。暴れてな・・・・」
「・・・・そうだったんですか・・・・・」
 初耳だった。さっきの回想でも全然あがってこなかったシーンだ。想像さえつかない。僕が叫び声をあげてから起きるまでの記憶はさすがに持っていないらしい。あんな記憶、少しでも忘れた方が楽ではあるが。
「ああ・・・・・あの時のことは思い出したのか?」
「ええ、ほとんど。暴れたあたりのことは全然分かりませんが」
 それを聞くと彼は少し眉を曇らせた。僕の心境にでもなってくれたのだろうか。けれど、こんな時に感傷的になる方が無駄なのだ。心の動きを最低限に押さえて、冷静に事実を分析しなければいけない。そうしなければ僕は間違いなく・・・・・崩壊するだろう。もう、泣く気にもなれなかった。涙は叫び声になって体から放たれた。あれでいいのだ・・・・もう取り乱してはいけない。
「さて、これから君には事情聴取に協力してもらうが・・・・その前に今までの結果を伝えておこう。いいかな?」
 いつの間にか僕はまた思考のパラドックスにはまっていたらしい。男から遠慮がちに声がかけられた。
「ああ・・・どうぞ」
「では行くぞ。まず・・・・・」
 それから彼は延々と調査結果を読み上げていった。
 死亡推定時刻は6時から7時の間、つまり僕が帰るか帰らないかくらいの時刻だった。僕は母が死んだ直後に家に帰ったことになる。いや、彼の口振りからいくと僕が帰ってから死んだ可能性も考えているようだ。仕方のないことだが。凶器は包丁であり、うちの物だった。3本立つ包丁立ての1本が無くなっており、カートの下から出てきたそうだ。指紋は付いていなく、血がこびりついていたという。どうやら犯人は母に背後から近付き、側にあった包丁を背中から突き刺したものと思われた。深くは刺さってないところから、力の強い男性ではないらしい。僕らの年ではまだあそこまでしか刺さらない可能性があるそうだ。壁に返り血がついていなかったことから、包丁は母が倒れた弾みか何かで取れ、カートの下に潜った物と思われる。犯人は包丁を指した状態でブレーカーを落とし、裏口から出ていった。
 僕が彼から聞いたことはこれで全てだった。母さんはいつも勝手口を開けて調理するので、それが命取りになってしまったのだろう。なんにせよ嫌な事実だ。しかも第1発見者の僕が疑われているのだから、なおさらだ。
「・・・・とまあこんなところだ。いいかな?」
「ええ、わざわざありがとうございます」
 彼はお礼を言われてめんくらったようだった。僕の無表情さもあることだろうし、何より文句は言われても1時結果で礼など言われたことがなかったのだろう。
「いやいや・・当然のことだ。じゃあ、明日事情聴取の時間に迎えに来るから、ゆっくり休みなさい」
「はい・・・。また」
「またな」
 そういって彼はドアを開けて去っていった。バタン、という音が白い病室に虚しく響きわたった。
 彼が僕に背を向けた瞬間から、僕の注意はもう周囲になかった。僕にはまだまだ考えることがあったからだ。犯人は誰だろうか・・・見当もつかない。自分にかかった嫌疑だけは取り除かなくてはいけなかった。それは母さんにも悪い。しかも、目的はなんだろう。話によると、何も取られていなかったそうだ。母さんを恨んでいた人なんていたのだろうか・・・・・。
 そうしている内に日が暮れ、夜になり、僕は知らず知らずの内に眠っていた。

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おおっ、我ながらペースが速い(^^;)
昨日一気に書き上げてしまいました。
これで3節は終わりです。
さて・・・4節ではどうなっていることやら・・・。

ではでは、次回もすぐにアップできることをいのって・・・・。