小説『一番星に捧ぐ詩(うた)』3の1



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 97/11/09 12:02:49

3.死とは

死とはなんだい? 
生とは?
自分なんかどうでもいいと言わずに
生にしがみついてごらんよ
それでも必ずやってくるもの・・・それが死

 僕は少し冷える夜道を、背中を丸めながら歩いていた。彼女といるときは寒くなんてなかったのにな。そう思うと、なんだか笑えてくる。
 視界の片隅に家が見えてきた。もうすぐだ・・・・後2つ角を越せば家につく・・・・・・。
「・・・・あれ?」
 僕は思わず声を上げた。うちのどの窓にも明かりがともっていなかったからだ。この道から直接見える台所にさえ、なんの灯もついていない。おかしい。
 帰れば小言を言われるとはいえ、やはり家に帰るというものはいいことだ。誰かが僕を待っててくれるのだから。けれど・・どうだろう。今目の前に見えるあの家には、誰の気配もしない。今日は母さん帰りが遅いんだっけ・・・・。いや、そんなはずはない。今日は早く帰って夕飯を作っていると言っていた。何か会社でいいことがあったらしい。
「おかしいな・・・・・」
 買い物に出かけたのだろうか。それならいいが・・・・・。
 僕は漠然とした不安にとらわれたまま、家への道を進んだ。

ピーンポーン・・・・・
 一応鍵は持っているのだが、チャイムを鳴らす。帰ってきたという合図にもなるし、出迎えられた方が何となくいい。しかし、いくら待ってもどれだけ鳴らしても、母さんのスリッパの音は聞こえなかった。仕方なく、鍵を取り出す。
カチャ・・・・
 何となく気になって静かにドアを開ける。
「母さん・・・・?」
返事はない。すべてが眠っているかのように静かだ。本物の暗闇がそこにあった。少し怖くなった僕は、ドアの横にあるスイッチに手を伸ばした。
カチッ・・カチッカチッ・・・・・
 つかない。おかしい・・・ブレーカーが落ちたのだろうか。いや・・・そんな無茶な使い方は出来ないはずだ。僕があれほど口うるさく言っているのだから・・・・。じゃあ・・何故。
 仕方なく、壁づたいに移動することにした。右を進んで行けば、そのうち食堂のガラス戸に当たるはずだ。もしかしたら、疲れて寝てしまったのかもしれない。その後で電気検査のためにブレーカーが落ちたのだろう。
暗闇の中で歩くと言うことは、普段目が見えているものにとって非常につらい作業である。数センチ進むことが数メートル進むことのように思える。数分のことが数十分に思える。すべての感覚が麻痺した状態になり、自分が立っていることさえ不安になってくる。目にどれだけ依存していたのか、僕は今実感していた。
ガタッ・・・・・
 果てしない空白の後、僕はやっとガラス戸を感じることが出来た。食堂の入り口のすぐ横にブレーカーがあるはずだ。それさえつければこの暗闇から解放される・・・・。
「ん・・・・・?」
 ブレーカーに手を伸ばそうとガラス戸の中に足を踏み入れた瞬間・・・・冷たいものが足をぬらした。気になって、床に手を伸ばす。・・・・冷たい液体と、陶器の砕け散った破片にふれた。
「なにがあったんだ・・・・?」
 暗闇になってあわてた母さんが、湯飲みでも落としてしまったのだろうか。
「まぁ・・・とにかく・・・・」
 明るくなればすべてが分かる。そう思ってブレーカーに手を伸ばした。8個あるバーの内1つだけが下がっていた。メインのバーだ。それを力を込めて押し上げる。
ガクンッ
 鈍い音とともにバーは跳ね上がり、ぱちぱちと蛍光灯がついた。あまりのまぶしさに目をつぶる。瞼が真っ赤に見える。それからうっすらと僕は目を開けた。
 そこには母さんはいなかった。みそ汁が入ってるであろう鍋、茶碗の伏せてあるテーブル、そして少し引いてある椅子だけがそこにあった。
「そういや・・・・・」
 さっき足下をぬらした液体と、破片はなんだったのか。ふと思い出して下を見た。

 それは・・・・・・・理解不能な光景だった。そこにそれがあるということは事実であり、実際に見えているのだが、僕の頭はそれを拒絶していた。目を大きく見開き、なにもいえず、なにも動けないまま、ただじっとそれを見つめた。動けなかった。一刻も早く目をそらしたいという嫌悪感と衝動が絶え間なく突き上げたが・・・それでも僕は動けなかった。
「あ・・・・・」
 唇が乾く。声が声にならない。乾いた唇をなめることさえままならないほど、僕の体は僕のものでなくなっていた。
(そこにあるそれは・・・なんだ?)
 自問自答する。巨大なものがそこに横たわっていた。ひどく不自然な格好で。いや、それは人だった。まぎれもなく・・・・・・僕の母さんだった。
 髪は乱れ床に体に流れ落ち、手は何かをつかむように曲げられていた。薄紫のセーターの中央は赤く割れており、その両側に赤黒いしみが流れていた。ベージュのスカートからでる足は蛙のように曲がっていて、くぎを打たれた標本のように堅かった。そこからはもうなんの息吹も感じられず、ただ人だったものがそこにあるだけだった。それは白いフローリングの上の赤い花の中央に横たわっていた。
 赤い花はまだ水気を帯びており、少しさわれば何処まで流れていきそうだった。その真紅さに目をとらわれ、僕は又動けなくなった。
「あ・・・・・・」
 しばらく立って・・やっと声が出た。出した声の何十倍もの慟哭が体の中を流れていた。
(なぜ・・・・なぜ・・・・・何故!?)
 又自問する。答えの出ない無意味な問いだ。わかっていて訊ねる。
 ぼくは・・・・自分の首とは思えないほどゆっくりとした動作で・・・・・足下に目をやった。毎日母さんがきれいに洗っていた白い靴下は、真紅の色を半分宿していた。冷たいとも思わなかった。ただ赤と白の存在が僕の足首を取り巻いていた。紅は徐々に白を食い尽くし、すべてを激しく染め抜こうとしていた。足を・・動かせなかった。それからゆくりと手を動かして、視界の片隅に持っていった。手のしわに合わせて赤がついている。もう乾いたそれは、僕の手を異質なものに仕上げていた。爪に朱色の線が入り、指先は堅くなっていた。思い出して振り返ると、白い壁紙が、ブレーカーが赤くよどんでいた。
「あ・・あ・・・ああああっー!!!」
 激しい慟哭がやっと僕を突き上げ、僕は崩れ落ちた。膝が赤く染まり、ビチャッという音とともに顔に赤がつく。そんなことは気にしていなかった。ただただこの慟哭をすべて体から解き放ってしまいたかった。

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だいぶ間があきましたね(^^;)
『一番星・・・』の続編です。
いやぁ・・・・・これからが辛いんだよなぁ・・・(苦笑)
作成ペースが1・2節の4倍になることはお約束しましょう(爆)
恋愛ものだと思ってた人もいたみたいだけど・・(苦笑)
この小説は私の一番暗くてきれいな部分で書きたいと思ってます。
そう、ちょうど暗闇みたいにね・・・・。

さてさて、続きがいつになるかわかりませんが、ま、みなさまおつきあい願います(^^;)
感想もお待ちしております。

では