『狂える者の剣』最終章・過去の現出編



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p03-dn02kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/11/08 22:37:36

 過去の現出編・第一話『繰り返す者達』
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<久しぶりだね……秋山良平。封印大戦以来かな?>
 『それ』が表示したメッセージが、電子世界の宙空に輝いた。
 虹色の泡に包まれた、夜の闇より濃い黒髪をなびかせた少年−−『それ』は深い蒼の瞳を薄く開け、どこか懐かしげな口調で、呆然としている良平を見つめている。
「そんな……馬鹿な……!!」
 こぼれ落ちるように洩れた言葉は、あまりに力無い。少年は一度目を閉じ、力を確認するかのように、時間をかけて瞼を持ち上げ、唇を動かした。
<僕は……“対魔王”と呼ばれたプログラム−−“魔王”によって生み出された、彼の剣……狂える者の、剣……>
 虹色の泡が割れ、少年−−“対魔王”は、良平の目の前に降り立つ。
<そして……良平、君に破壊された『変革』プログラム>

               ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……ヴァンプ、あなたは“魔王”の端末のはず。そのあなたが、何故あんなことを教えてくれたんです?」
 沈黙に満ち満ちた地下に我慢できなくなったとでも言いたげにかぶりを振り、神楽は目の前を歩く金髪の青年に尋ねた。青年−−レオンは振り向きもせずに、ただ事務的に答えを返してくる。
「貴様らが資格を得たからだ。私は“魔王”の端末であると同時に、“対魔王”の端末でもある。“対魔王”は、資格を得た者には遺産を−−全ての真実を語り、“魔王”を再起動させ……破壊させるよう私に命じた。私はそれに従っているだけだ−−理由はない」
 肉体の修復を終えたレオンは、腰に二本の刀を下げ、黙々と神楽を先導して歩き続ける。傷の治療のため一時的な昏睡状態に陥ったルリを背負い、それ以上聞くべきことは何もないと判断した神楽は、何も言わずに彼の後をついていく。瓦礫の合間を縫って歩いている内に、ふとここがどんな場所なのかに気づき、彼は吹き出したくなった−−次いで僅かに虚しくなる。
 どんな場所にでも、忘れ去られた空間というものは存在する。ここはまさしく、そういった空間だった−−誰にも顧みられず、ただ存在するだけの空間。様々な種の宿主達の住処となり、忌み嫌われるだけとなった今でも、それが義務であるかのように存在だけはしている。
 自虐的な思考をしている、と彼は思った。存在しているだけのものなどいくらでもある。ここだけではない、地上にもその類の旧跡は無数にあった。そして自分達インフィニット・ソルジャーもまた、人々から忘れ去られた存在だ。
 今時『封印の六英雄』など、おとぎ話としてしか認識されはしないのだから。
「……僕達もまた、理由はない存在なのでしょうか……?」
「存在自体に理由はない。そこに在るから、それだけが唯一の理由であり、全てだ。私達という存在が忘れ去られようと、それはつまりその程度のことであって、私達という存在が消えるわけではない。私達が築いた過去もまた、消えない」
 口早にそう言うと、こちらを振り切ろうとしているのではないかと邪推したくなるほどの速さで歩き出す。馬鹿にしたようにだんまりを決め込む彼の背中を刺すように睨みながら、神楽はルリの体勢を直して足を踏み出した。
 闇の奥で、時折赤い光が不定期に明滅しているのが見える。それらが出現と消失を繰り返す度、何かが這いずり回るような音が響く−−敢えてその音の主を確認しようとは思わせない鳴き声も、暗がりの奥で渦巻いていた。
 どこまで行っても代わり映えしない漆黒の空間が、後ろに飛び退っていく−−それを脇目に見やりながら、神楽はこの道がどこまで続くのかを考え続けていた。先を歩くレオンに聞いたところで、どうせろくでもない答えが返ってくるだけだろうと、ぼんやりとしてはいるが確信めいた思いが彼の頭の中を去来する。この青年はいつもそうだった……どうでもいいことにはまともに答えてくるが、こちらが本当に知りたいことは鋭敏に察知して絶対に教えてはくれない。
 −−本当に知りたいことなど、僕にはないのかもしれませんね−−。
 神楽はほとんど聞き取れないほどの小声で独白した。
 そう−−何かの知識を本気で欲したことなど、インフィニット・ソルジャーとして選ばれて以来ないのかもしれない。美樹がインフィニット計画の隠れ蓑としてヘルダイバー計画を打ち立てた時も、彼は一人それを見抜いていた。そしてその計画が、確実に失敗に終わるだろうことも。しかしそれを他言したりはしなかったし、美樹を止めもしなかった。
 興味がなかったのだ。
 美樹を『止める』ことなど不可能だし、ヘルダイバー計画が自分達にとってどんな価値を持つものなのかということも、知ったところでどうというほどのことでもない。ならばいちいち知りたいと思うだけ無駄だ……彼はそう考え、何にも興味を抱かなかった。それ以来ずっと、本気で知識を欲したことがないように思える。
(……一人目の戦士、冬埜霧恵(ふゆのきりえ)……そして僕、納真神楽。何にも興味を抱かず、全てを知る力を持ちながら何も知ろうとはしなかった−−故に“千里眼”でありながら“盲目”と呼ばれた、二人目のインフィニット・ソルジャー……)
 それが間違いだったとは、彼は決して思っていない。知らない方がいいことなど、あの時代にはどこにでも転がっていた。
(でも……だからこそ、誰からも興味を抱かれず、孤独だった……)
 誰かを知りたいと思わなければ、誰も自分を知ろうとはしない。神楽は常に孤独と共に生きてきた−−他のインフィニット・ソルジャーが現れても、決して彼は心を開くことはなかった。
 だから彼は、孤独だった。
(……僕は臆病だった……)
 頭痛がする。それは重く淀んだ空気のせいかもしれないし、あるいは自虐的な思考のせいかもしれなかった。今にも悟りを開きそうな表情を浮かべながら、後頭部でくすぶり続ける痛みを無視して、レオンの背中に問いかける。
「……どこに向かっているのです?」
 それだけ。ただそれだけを、口にする。他に聞きたいことはなかったし、答えが返ってくるという確信もない。
 しかしレオンは答えた。質問と同じぐらいの短さで、簡潔に。
「“魔王”のシステムステーション−−旧都庁最上だ」

              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

<−−というわけさ、秋山良平。僕達は全て“魔王”に操られていた……いや、操っていたのは他でもない、僕達自身だ。僕達は望んで、あいつの意のままに動いた>
 一切の感情を感情を表さず、ただ淡々と言葉が続けられる。“対魔王”の名を冠する少年は、緑色の光を放つ虚空で膝を抱え、まるで体育座りをする生徒のように丸まって、全ての真実−−“魔王”の所業−−について語った。何にしろ尋常な格好ではないが。
 そしてそれと向き合う良平の姿もまた、尋常ではない−−重装備を施した軍馬に跨り、甲冑は先刻まで身に着けていたものより数段重く、厚いものに変化していた。実世界で身に着けていれば、それだけで二日、三日食べていけるぐらいの見物料は稼げそうな代物だ。左手にはどう考えても単なる鉄板にしか見えない盾、右手にはこれもまたどう考えても単なる鉄板−−表現をもう少し考えれば、長大な鉄の棍棒とも言える−−にしか見えない剣を握っている。
 電子世界では、外見がどうであろうと物質自体が重くなるということは有り得ない。代わりに遅くなるのは処理速度−−自らの『動き』だ。重厚な外見を持つ『剣』や『鎧』のプログラムは、それだけ威力や防御力が増す分、処理も重くなる……つまりは、現実世界で重い装備をした時ど同様、身のこなしは遅くなるということだ。
 しかし良平は、常人ならば動くこともままならないような装備を身に着けながら、全く平生と変わりはないようだった。眼前に剣をかざすと、一度軽く振る。“対魔王”の体から取り除いた時にまとわりつき、剣を浸食しようとしていた“赤い苔”を振り払ったのだ。
「……事情は理解した。武藤美樹、神谷時子、俺達封印の六英雄、“対魔王”、そして……“魔王”。全てはディス・Pの思い通りだったというわけか」
<そう……“魔王”ディス・P。ディス・プログラマー……『解除者』であると同時に、ディス・パーミー、『繁栄を廃する者』であった彼の思うままだった>
「奴の名前などどうでもいい」
 言葉を遮り、良平は怒気のこもった口調で少年を詰問する。
「おまえは何故そこに在る? あの時……封印大戦の時、確かにデリートしたはずだ!!」<そう……僕は『変革』プログラムとして、確かに君にデリートされた。それは間違いないよ……でも、僕はここに在る>
「その理由を訊いている−−!」
<簡単な話だよ……僕達の間に介入することが可能で、なおかつ僕があそこで消去されてしまうと困る人物−−それが、僕のバックアップをとっていた>
 絶望がもし物質的なものであれば、それを食い千切らんばかりの形相で良平が呻いた。「……また、“魔王”か……!!」
<そう……“魔王”は全てを見越していた。
 でも今度は、僕達が反撃する番だ……“魔王”は危険だよ。自らの進化だけを望み、そのためならばどれほどの犠牲も厭わない……危険すぎる。誰かが止めなければいけない……。
 協力してくれるね? “電子の騎士”秋山良平>
「ふざけろ。それはつまり、再び封印大戦を繰り返すこと−−第二次封印大戦の勃発を意味する。あんな戦いはもうごめんだ」
<ルリを守れなかったことが、そんなに深い傷になっているのかい?>
「……関係ない」
<関係あるさ……君は、君の命と、そして−−柄之木ルリの命を守れなかった。“宿主”に襲われたんだったね? 貪り食らい尽くす者−−ディバゥアー=レンジェリオンに……>
「関係ないと言っているだろう!!」
 怒号と共に振り下ろされた剣は、“対魔王”の腹を直撃したかに見えた。しかしそれは、少年に届く直前で止まっている。見えない手に掴まれたかのように、押すことも引くこともできない。
<過去……全ては過去の話だ。そしてその過去が甦ろうとしている……>
 少年の、深い蒼の瞳が鋭い光を宿す。
<過去の具現を防ぐためには、君の力が必要なんだ>

 続く