ショート・ショート『日曜10時の独り言』



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 97/10/28 09:08:15

日曜10時の独り言


― 近頃・・・・・・・近頃、ボーっとしてることが多い。
・・・え? それはいつもだろう、って? ま、そうだけどさ・・・・。でも
なんか違うんだ、いつもとは。
こう、世界が透明で、自分だけ不透明な存在でさ、なんか浮いちゃってるって
いうか・・・・・そんな感じ。ん・・・・・逆でもイイや。とにかく、なんか
が違うのよ、周りとあたしと。

今、外は雨が降ってる。窓に様々な流紋を残しながら、雨粒が落ちていく。あ
たしは、白いシルクのパジャマ着て、窓際に腰掛けてる。ちょっといい感じの
出窓があるのよ、うちに。で、いつもはアンセリウムなんておいて、ハートの
影が床に映るのを楽しんでたりするんだけど、雨の日は鉢の代わりにあたしが
座るの。カーテンもおしゃれにしたんだから。淡いピンクのレース、なんてち
ょっとロマンチックじゃない? ガラでもないけどさ。

― ・・・あっと、なんの話してたんだっけ。・・・そうそう、違和感がある
って事よね。
 
こんな雨の日は、窓際に座って色々考えちゃうのよ。だって・・・ヒマじゃな
い。ショッピングだって行けないし、洗濯物だって干せないし。だから、10
時くらいにゆっくり起きて、猫の柄のマグカップに熱いココア1杯入れて、窓
際に行っちゃうの。冬だってするわよ。寒くなったらココアすすればいいんだ
から。

― あーもーうるさいなぁ。私の話しろって言いたいんでしょ、分かってるわ
よ。今、心境整理してるんだから、もうちょっとボーっとさせてよ。

雨足が速まってきた。やっぱこうでなくっちゃ。しょぼしょぼ降ってるのなん
て大っ嫌い。だって、濡れようと思って外飛び出しても、思うように濡れない
んだもん。そういう時はあたし、白い木綿の服着てでてくの。裸足がいいんだ
けど、硝子指しちゃたことがあって、それからは白いスニーカーを裸足に突っ
かけることにしてる。すっごく気持ちいいわよ。なんか、このまま自分が溶け
てっちゃうみたいでさ。だから、本気で濡れないとダメ。髪も服もべったりく
っつくくらいじゃないと、そういう感覚味わえないの。あ、結構いい感じに降
ってるな。考え終わったらまたやろうかな。

― だからね。あたし、あいつと別れたんだ。上手くいってるつもりだったの
にね。なんかダメだったみたい。・・もちろん、こっちから振った訳じゃない
わよ。だって、あいつ本当にお人好しでいい奴で・・・・結構気に入ってたん
だから。

あ、チャイムが鳴ってる。集金か何かかな。面倒くさいや、出ないことにしよ
っと。こんだけひっそりとしてれば、人がいるなんて思わないわよね。・・・・
ああもう、何回も鳴らさないでよ。出ないことにしたんだから。あ・・・・今
日の朝刊取ってきてないや。ドアのところにささったまんまだ。あとで、訪問
者が去ったらこっそり取りにいこっと。でも、こういう日の新聞って嫌い。ビ
ニールにくるまれてて、ちょっと湿ってて・・・・。なんか、最初の10分く
らい触る気がしないのよね・・・・。

― んー、だけどあいつの方でなんか気に入らなかったみたい。ま、仕方ない
かななんて思うけど・・結構好き勝手やらせてもらってたし。でも・・驚いた
わよ、そりゃ。いつも通りにちょっと遅刻していったら、なんか気むずかしい
顔して待っててさ、珍しく怒ってんのかなって思ってたら“別れよう”って
さ・・・・・。顔には出さなかったけど・・・・それなりに予想外だった。

あー・・・ココアがおいしい。ココアってさ、簡単に見えるけど、結構難しい
のよね。市販の奴でも、砂糖入ってるのと入ってないのとあるじゃない? そ
ういうの間違えると最悪だし・・・難しいのはお湯入れる時よね。固まりにな
って、あとでスプーンでかき回したらどろっとした固まりがのっかっちゃった
り。あと、入れすぎて味が薄いのなんて使いものにならないわ。濃けりゃクロ
ワッサンに浸けて食べればそれはそれで美味しいけどさ。それが嫌な人は、鍋
で煮るみたいね。ご苦労様、ってかんじ。凝っちゃうと、砂糖入ってないの買
ってきて、色々ブレンドしてみたりするって聞いたわ。美味しそうだけど、そ
こまで根性ないなぁ・・・・。外国製のマシュマロ入ってる奴は、この前友達
に勧められて飲んだけど、結構いい味してたな。

― もちろん、そんなことだけじゃあ、こんなに悩まないわよ。落ち込んでな
いもの。付き合うって事はいつか別れるって事もあるんだし・・・・。あたし
ってちょっとドライなのよね。なんか、なったらなったでしがみつかないタイ
プ。

ああ・・・電話が鳴ってる。こんな時間にかけてくるなんて誰よ。サークルの
先輩かなぁ・・・彼女いなくてヒマだっていってたし。あっと、そんなこと言
ったら、あたしの悪友のほとんどは彼氏がいなかったんだった。あいつらのう
ちの誰かかな・・・・・。でも、普通夜かけてくるわよね、こんな真っ昼間な
んてもっと別の事してるはず・・・。・・・・10回。親だったらどうしよう。
仕送りの中身減ってたな。信用されなくなってきたかな? ま、信用されるよ
うな事してないってのも、事実だけどさ・・・・。でも、家には帰りたくない
な。せっかく東京出てきたんだもん、あんな田舎ごめんよ。・・・・20回。・・・
あいつ・・かな。かけてくるはずないか。それに、あいつ短気だからもっと早
くに切るわよね。・・・・30回。いつまで鳴らすつもりかな。・・・あ、切
れた。

― ・・・・泣けなかったのよ、あたし。一滴も、涙なんかでやしなかったわ。
それなりにショックだったはずなのに・・・・・あんなに好きだったのに・・・・。
いざこうなってみても、なんか受けとめられちゃったの、イヤなくらいにすん
なりと。なんかさ・・・自分に驚いちゃった。で、笑いたくなっちゃったのよ
ね。バカらしくって。泣けないあたしが、とことんピエロに思えて・・・さ。
感情無いのよ、あたしきっと。だから、今もこんなに無表情なんだわ。

雨が降り続けてる。そろそろ夕飯作ろかっな。今日はビーフシチュー作るんだ、
ことこと煮込んで。だから今から作んなきゃ。猫のカップも空っぽになっちゃ
ったし、ちょっと寒くなったし。ひとつ背伸びして立ち上がって、私の物思い
の時間は終わる。また明日からの日常にとけ込むための儀式。今日はちょっと
時間がかかっちゃったな。さてと・・・新聞とってこよう。パジャマの上から
エプロン着ちゃえ。なんか雨の方に残してあった視線を無理矢理キッチンに向
けて、あたしは窓際を離れた。もう2度と窓の方を見ないようにうつむいて、
小走りにキッチンに向かって。

― ありがとう、雨。泣けないあたしの代わりに泣いてくれて・・・・・