狂える者の剣 第八話の2『死の使い』



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p08-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/9/14 15:57:29

 その男は、異様なまでの殺気と共にそこにいた。瓦礫の山を踏み潰し、漂う異臭すらはじき返すプレッシャーを放つ。その男の周囲だけが、まるで時から切り抜かれたかのように浮き出ている気さえした。
 金髪碧眼、長身の青年。両手に抜き身の日本刀を握り、ルリから二十mほど離れた場所に、じっと佇んでいる。
 彼女はこの青年に見覚えがあった。
「“サイキック・ヴァンパイア”−−」
 サイキック・ヴァンパイア、レオン=ジークフリード。あらゆる超能力を中和・反射し、格闘戦では無敵の強さを誇る。両手に持ったその刀は、鋼の板であろうと、まるで紙の如く容易く切り裂く−−封印の六戦士中、最強と呼ばれた男だ。
 彼は封印大戦終了後、一番最初に姿を消した人物だった。それ故、彼の動向を知る者はいなくなっていたのだ。
「レオンさんが、何でここに−−」
「私が遺産を管理しているからだ」
 青年の周囲の空間に、紫電が散った。廃材は細かく分解され、壁には無軌道に亀裂が走る。
「貴様等が“魔王”を再起動していいかどうかは、私が決める」
「“魔王”の再起動って……っつ!?」
 レオンが刀を振り下ろした瞬間、剣風が生まれ、ルリの体を強く打ち据えた。一瞬で細かい傷がいくつも刻まれると同時に、ルリは跳躍して剣風の効果範囲から逃れると、レオンに向けて光の槍を放つ。
 しかしそれは、金髪の青年に届く直前に、音もなく四散した。サイキック・ヴァンプ−−超能力を中和したのだ。
「大戦で共に戦った仲だ、私の能力を知らぬわけでもあるまい」
 そう呟くと、レオンは驚異的な脚力でルリとの間合いを一気に詰めた。一歩右足が踏み込まれ、刀が振りかざされる。
(−−速い!!)
 咄嗟に展開したバリアもまた、実にあっさりと中和された。
「死ぬべき定めならば、ここで骸を晒せ」
 レオンの刀が、残像を残してルリに迫った。一撃目の突き、二段目の左上段から右下段にかけての切りは身を捻ってかわし、同時に繰り出された膝蹴りは掌で受け止める。衝撃が腕を伝い、肩にダメージを与えた。しかし少女は怯んだ様子もなく体を右に反転させると、レオンの体にぴったりと張り付く。
「はあっ!」
 接着状態から、ルリは『右腕』に超重力弾を発生させ、レオンの体に叩きつけた。肉を潰し、骨と内臓が砕け散る音が地下に響く。大量の血液がルリの体を赤く染め上げた。
 レオンの中和能力は、フィールド状に展開するものではなく、指向性を持って展開するものである。それ故効果範囲の広い超能力は中和しきれないのだ。ルリは腕を一本犠牲にしながらも、彼にダメージを与えたのである。
(お願い、動かないで……!)
「残念だが、重要器官ではない」
 その声と、二本の銀色の軌跡が宙に描かれたのは、全く同時だった。
「……っくはあっああああああっ!!!!」
 洩れるのは、激痛故の叫び。しかしレオンは攻撃の手をゆるめず、再び刀を振るう。
 超能力での回復を試みるが、それよりもレオンの斬撃の方が僅かに速い。
 金髪の青年は、唇の端を歪めた。笑っているのかな−−ルリは呆然とそんなことを考える。このままでいると出血多量で死ぬのか、それともショック死か、死んだらどうなるのか−−あまり縁起のよくない考えが、頭の中を駆けめぐっていた。
 レオンが刀を振り上げた。あれが振り下ろされれば、ルリは確実に死ぬのだ。
「“超人”ゼロウェイ、貴様に“魔王”を再起動する資格はない。資格なき者に“遺産”の管理は不可能だ。……土に還るがいい」
 刃がきらめく−−。

  続く