狂える者の剣 第九話の1 『交錯』



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p02-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/9/07 19:04:55

 門を開けると、灰色の部屋に出た。真正面には光り輝くトンネルが穴をあけており、その入り口を阻むような形で『Please show me your password』と表面に表示された、薄い、灰色のパネルが浮遊している。電子世界では最もメジャーなプログラムの一つ、“扉”である。
 フルプレートを身に纏った騎士を乗せた、白銀に輝く毛並みの馬は、その“扉”の手前まで進むと歩みを止めた。
 騎士が右手をかざすと、そこに一枚の黄色い紙が現れた。紙の上に数式が表示されると同時に、パネルに表示されていた文字が『Thank you! Welcome to my system』へと変化し、パネルはかき消えていった。
「この程度の“偽証”で開く、か……美樹らしくないな」
 呟いた騎士のヘルメットが僅かに開き、その目が覗く。射抜くようなきつい瞳は、間違いなく、秋山良平のそれだった。
 電子世界に入り込んだネットランナーは、それぞれ個々の外見(コンストラクト)を持つことができる。良平はその二つ名、“電子の騎士”が指す通り、騎士のコンストラクトをとっていた。先程の“偽証”プログラムも、もっと別の形で起動することも可能である。光のトンネルは、システムを構成する灰色の部屋−−ノードと呼ばれる−−を繋ぐ、ネットチューブである。
「−−正規ユーザーが美樹一人のプログラム、か」
 呟くと、良平は手綱を引き、トンネルの中に入っていった。

              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「−−生命反応あり。半径200m以内に侵入しました」
 ルリが緊張した面もちで口にした言葉は、美月に強い衝撃を与えた。
「……人間?」
「−−多分……でも、エスパーです。……地虫なんか比じゃない……間違いないです、『サイ・ソルジャー』クラスのエスパーです」
 サイ・ソルジャー。封印大戦終了直後、残った人類の内何人かが強いESPに目覚めた。原因は全く不明だが、ラス=テェロの呪縛から解放された旧宿主達の大半がその力に目覚めていることから、急激な遺伝子配列変化による能力の発現という説が有力になっている。
 ルリは黙って椅子から立ち上がると、ベルトポーチを身に付け、システムステーションの出入り口に向かう。その背中に向けて、美月が聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。
「……行くのはいいけど、帰ってきなさいよ」
 ルリはただ微笑み返すと、ステーションを出ていった。

              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 システムステーションには、美月一人が残された。ルリは外に出ていってしまったし、良平は電子世界へとダイブしているため、その体はあっても精神は飛んでしまっている。
 ディスプレイには相変わらず、優美な笑顔を浮かべた美樹の姿が映し出されていた。
「……やっと二人きりになれたみたいね」
 突然美樹が声を発した。美月は弾かれたように彼女に視線を向ける。
「これで全部が動き出すわ。“美樹”が……“対魔王”システムが望んだ通りに」
「……どういう意味?」
「“美樹”も“魔王”も、まだどちらも生きている。“魔王”は邪魔なのよ……“赤い苔”でデータを書き換えたはずなのに、まだ正気を保っていられるなんて思いもよらなかった。あいつは永遠の殺戮者として排斥されるべき存在なのにね。でもあいつは強いから、まともに戦ったりはできない。
 でも“あなた”ならできるでしょう? 本当の“武藤美樹”なら」
 美月の表情が、驚愕で凍り付いた。

 続く