【私小説】李紅蘭的四方山話 その8(長文)



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投稿者: 雪組隊長 @ gw.jpo-miti.go.jp on 98/3/02 12:00:25

その8

 次の日、紅蘭は、ものすごい頭痛とともに目を覚ました。鏡を見るとおでこに大きなこぶが出来ている。
「なんやこれ? ああ、昨日雪組の隊長はんの所に謝りに行った時に、開発室のドアにぶつけたんやった。あれ?! あの後うち、どうなったんやろ? サッパリ覚えてないでぇ..ここにおるっちゅうことは、自分で帰って来たんやろか??」
 しかし、いくら考えてもその後のことは何一つ思い出せないのだった。
「痛たたた。ひどくぶつけたなぁ。あちゃ〜青くなったるでぇ..こんなときは・・・と。」
 ごそごそと荷物の中から自分で調合した軟膏とりだすと、それをこぶの所に擦り込んで、とりあえず上から絆創膏を貼った。
「李紅蘭特製万能傷薬や! 打ち身に捻挫、切り傷・虫さされ、どんな傷もちょちょいのちょ〜いで一発OKやで!」
 鏡の中に自分に向かってニカッと笑った紅蘭であったが、すぐにその顔は曇っていった。
「あ〜あ、今日もまた憂鬱な一日が始まるんか..行きたないなぁ..どうせうちなんかがおっても何もさせてもらえんやろしなぁ..」
「まぁ、こんな所に一人でおるより、機械のそばの方がなんぼかましやろ。うちなんかと話なんぞしてくれはる人なんておらんのやから..。まぁ、その方が気が楽やしな...」
 のろのろと立ち上がり、身支度をすると(身支度と入っても化粧をするわけではなく、いつもの中国服に着替え、髪の毛をぞんざいに三つ編みにしただけだあるが・・)、壁に掛けてあったよれよれの上っ張りを羽織って部屋を出て、開発室の方に重たい足取りで歩いていった。
 「お早うございますぅ・・」
 いつものように、人目を引かないように小さい声で型どおりの挨拶をして開発室に入ると、機械に囲まれた部屋の隅っこの方に、他の人の目から避けるように小さく背を丸めて歩いて行こうとした。
 ここに来てからは、誰からも挨拶を返されることもないままその場所に着き、他の人達と話しをすることもなく、彼女の夢である飛行機のことやら、新しい発明品のことやらを考えて一日を過ごすのが、紅蘭のここでの日常だった。
 ところがその日は違っていた。
『おおっ、紅蘭!お早うさん!』
 野太い声で、挨拶が帰ってきた。それも関西弁で!
「ほぇ?」(誰やろ?うち知り合いなんておらんしな? 聞き間違いか?)
『どうしたんやぁ? 紅蘭!』
「え、私ですか?」(やっぱり、紅蘭っていわれとるようやけど・・関西弁やし?)
『なんや、元気ないなぁ! 紅蘭、頭痛むのかぁ? 』
(いったい誰やろ??うちのこと知っとるみたいやし?)
『何きょろきょろしとんのや!ここやここ!!』
「げっ!アレは..」
 辺りを見回す紅蘭の目に、部屋のど真ん中で、こっちを見て手を振っている雪組の隊長の姿が写った。
(あっちゃ〜!アレは昨日地下であった熊はんやないか..確か雪組の隊長はんやてあやめはん言うてはったけど..何でうちの名前しっとんのやろ?)
 首をひねってみても、とんと心当たりのない紅蘭なのであった。
(そうかぁ、うち昨日、謝った覚えないモンなぁ。それで怒ってこんな所へ文句を言いに来るったんやろか?やばいなぁ・・)
 紅蘭は小走りに雪組の隊長の前まで行き、直立不動の姿勢をとると頭を深々と下げて最敬礼をした。
「すっすっすみませんでしたぁ〜!」
『はぁっ??』
「昨日は私、雪組の隊長殿とは知らず、大変失礼をいたしましたぁっ!」
『おいおい、どうしたんや紅蘭?! 変な言葉遣いで。いったい何のことや?』
「私が地下工場で、隊長殿を熊と間違えて目を回したところ、ご親切にも医務室まで連れて行っていただいたそうで、申し訳有りませんでしたっ!その上、医務室での重ね重ねのご無礼の段、お許し下さいっ!」
『ああ、あれか? ええよ、そんなこと。そないにしゃっちょこばらんでも..』
 昨日とは全然違う紅蘭の態度や言葉に、目を白黒させている雪組隊長の言葉を遮るように紅蘭は続けた。彼女なりに必死だった。
「あの後、藤枝司令より、詳しいことをお聞きしました。本当でしたら、昨日中にお詫びに伺わなければならないところなのですが、ちょっとした事情がありまして伺えませんでしたっ!何卒お許し下さいっ!」
『事情て、そのタンコブやろ。わかっとるて、わしが悪かったんや!すまん!謝る、このとおりや。』
 ぺこりと雪組の隊長も頭を下げた。
「お顔を上げて下さい。悪いのは私の方だったんですから..」
『おい紅蘭、いい加減にその言葉止めぃ!関西弁で喋りぃ関西弁で!今日は、変やぞお前!関東言葉なんぞ使いよって。ふつうに喋ったらええんや。』
「はぁ? うちここではいっつも関東言葉を使うてるんですが?」
『そんなことはもぉええ!何遠慮なんぞしとるんや!人間そのまんまが一番や。関西人やったら関西弁で喋ったらええがな。』
「あのぉ〜..うち中国人なんやけど・・」
『あ..そぉやったな・・昨日はあんまりポンポン調子よく喋るよって、そのことすっかり忘れとったわ!わっはっは』
「へっ?知ってはったんか?」
『お前が言うたんやないかい!』
「あはっ.あははっ。」(覚えがないなぁ・・??)
『お前が何人やろうが関係ないわい!帝撃におればみんな仲間やないか!!そんなことより、紅蘭、こいつを一つ見たってや!』
そういうと雪組の隊長は「重要秘密 雪組」と大書きされた特殊装備品の箱を指さした。
「えっ ほんま..? ほんまにうちがさわって..ええの?」
『何言っとんねん!お前が見せてみいて言うたんやで。いっちょ頼むでぇ!紅蘭!!』
 大きな手がポ〜ンと紅蘭の小さな背中をたたいた。
「..よっしゃ!うちにま〜かしときぃっ!!」
 ぐっと腕をまくってにっこりと微笑む紅蘭の目に光るものがあふれていた。
  続く