> 帝都某所　謎の酒造業社
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> 一人の男が、自分の書き込みが四方の壁に張りつけられた、たたみ一畳ほどの狭い部屋に閉じこめられていた。
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> その、自らの所業をまざまざと見せつける、鋼鉄製の壁の無言の圧迫感のために、彼の体から流れ出た脂汗は、部屋の隅にある小さな排水溝から流れ出ていく．．．
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> 薄暗い倉庫のような場所で、一人の謎の人物が、ぐつぐつと地獄の釜のように煮えたぎる巨大な鍋を、ゆっくりとかき回している。
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> 鍋の脇には、人が一人は入れるぐらいの大さで、金属製の箱が２メートルぐらいの高さの台に支えられて鎮座していた。
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> その箱からのびた管が、ぽたり、ぽたりと、滴を鍋の中に落としている。
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> 謎の人物は、なにやらぶつぶつとつぶやきながら、数枚のＦＤや青い手帳などを鍋の中に入れつつ、ただ鍋をかき回す。
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> そしてその足下には、無数の真新しい酒瓶がきれいに並べられていたのだった．．．．
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> １２月３０日　大帝国劇場
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> 真宮寺さくらは、えらく興奮した様子で、足音も荒く廊下を歩いていた。
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> 舞台の方からは、われんばかりの拍手が響いてくる。
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> 花組１２月公演『第三天国』は、大盛況のうちに２５日で千秋楽を迎えた。
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> 今は、２７日から行われている年末特別公演『木の上のうっぷん男』が上演されている。
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> 主演？は大神一郎、主役？？は木。
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> 本来なら、『第三天国』の終演をもって劇場は正月休みに突入するはずだったが、大天使ミカエルの強力な後押しもあり、大神の強硬な主張が、年末特別公演として実現したのだった。
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> 内容は、言わずとも知れるだろう。たださくらが、初日の公演を見た途端激しい頭痛と目まいを感じ、つい先程まで起きる気力すら無かった、とだけ記しておく。
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> 初日の公演が終了した後、さくらは大神に、この演目の上演を主張した理由を聞いてみた。
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> 曰く
> 大神「すまきにされた時に気が付いたんだ。『俺にはこれしかないんじゃないか』ってね。」
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> そう言って、人生の目標を見つけたかのように力強い笑みをうかべる大神に、さくらの頭痛が激しさを増したのは言うまでもない。
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> 彼女のフクザツな心の内をよそに、『木の上のうっぷん男』は、連日大盛況。新聞各社も『近代稀に見る感動巨編』と特集記事を組み、、評論家の先生達も、この公演を絶賛。大帝国劇場としては過去に例のない、徹夜組、ダフ屋といったやからまで出現し、混乱を防ぐために警官が交通整理にあたっている。
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> そして、観客は大神の熱演に対して感動の涙を流し、惜しみない拍手を送った。
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> また、クリスマスの翌日から売店に並んだ新商品も売れに売れ、帝都中で大ブームを巻き起こしていた。
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> 紅蘭の露店も大盛況で、中には１００本単位でまとめ買いする物まで現れる始末。
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> これらの収益により、赤字続きだった帝国華撃団の財政は一気に大幅な黒字に転換し、新兵器の開発にも予算が回せるようになっていた。
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> さくら「みんな間違ってるわ。なんであんなのを．．．」
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> 彼女は、今回の公演と、例の新商品販売を許可したことについて、米田支配人に直談判にやって来たのだった。
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> 支配人室の前に付くと、扉をこんこんと叩く。こんなときでも、几帳面な彼女らしくノックを忘れない。
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> さくら「真宮寺さくらです！　支配人にお話があって参りました。」
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> 米田『うむ、入りたまえ。』
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> さくら「失礼します。」
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> 部屋に入るなり、彼女は米田に詰め寄る。
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> さくら「支配人！　どういうことですか！！　なんなんですか！あの舞台は！！　それにあのお酒、どーして販売許可を出したりしたんですか！！」
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> さくらは興奮した様子で続ける。
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> さくら「あのお酒が来てから、みんな何かおかしくなっちゃって、カンナさんはすみれさんと『しんめとりかるどっきんぐ』とか、分けの分からないこと言ってるし、アイリスはいつの間にかものすごい威厳を放って、実質華撃団の司令官だし、レニは自分のこと『俺様』とか呼んでるし、織姫はひこ星探して行方不明になっちゃうし、ええと、何だか自分でも何言ってるんだかわかんなくなっちゃいましたけど、とにかく！もう大変なんです！　納得の行く説明を．．．」
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> そこまで一気にまくしたててから、ふと彼女は、米田の様子がいつもと違うのに気が付いた。
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> さくら「．．．長官？」
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> 思わず、華撃団の肩書で呼んでしまう。
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> 彼女にそうさせるほど、今の米田の雰囲気は、張り詰めていた。
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> そう、いつも彼女たちが出撃するときに見せる、華撃団の長官としての彼が、そこにいた。
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> 米田「その話か。」
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> さくら「は、はい。いくら何でもあの出し物は．．．」
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> 彼は重いため息をつく。
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> 米田「それ自体は大した問題ではない。やつは髪形も似ているしな。問題は、もっと別の所にある」
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> 『一体誰に？』とさくらは聞きたかったが、米田の深刻な様子が、それを許さなかった。
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> 米田「真宮寺の娘である、お前には話しておこう。．．．敵が現れた。」
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> さくら「敵？　黒乃巣会ですか？」
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> 米田は首を横に振る。
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> 米田「いや。現れたと言うより、発見されたといった方がいいかもしれん。．．．奴等は、クロノスなんて、生体兵器を量産して喜んでいた馬鹿どもとは違う。もっと狡猾で、残忍で、そして強力だ。」
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> さくら「．．．そ、そんなに恐ろしいんですか？」
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> 米田「ああ、奴等に比べたら、降魔なんぞ赤ん坊みたいなもんだ。人間達が生まれる遥か以前から、この帝都、いや、この地上に存在し、地下に巨大な帝国を築いて機会をうかがっていやがったんだ。死体をあさるハイエナのように狡猾で、賢い連中さ。」
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> 米田の言葉にさくらは絶句する。歴戦の強者、英雄米田一基にここまで言わせる相手とは一体．．．。
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> だが、彼女はこの帝都を守ると心に決めた、誇り高い帝国華撃団、花組の一員だ。どんな相手だろうと、恐れるわけにはいかない。
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> 意を決して口を開く。
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> さくら「一体何者なんですか？そいつらは。」
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> 米田「ああ、奴等の名は．．．」
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> 米田は、血を吐くように重々しい口調で、ため息とともに敵の名を告げる。
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> 米田「．．．奴等の名は．．．．アリさんだ。」
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> さくら「．．．．は？」
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> 思わず間の抜けた声を出す。
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> 米田は、相変わらず重い口調で続ける。
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> 米田「奴等め、ここんところ静かだと思っていたら、よりにもよってこの大帝国劇場の中庭に現れやがった。帝都を守る、俺たちを真っ先につぶそうとするとこなんざ、敵ながらあっぱれだが．．．」
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> 米田の言葉を遮って、さくらが訊ねる。
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> さくら「．．．あの、つかぬ事をお伺いしますが。」
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> 米田「なんだ？」
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> さくら「長官が言っているのは、あの、ありんこですか？」
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> 米田「無論だ。」
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> さくら「あの、黒くて、ちっこくて、昆虫の、．．．アリですか？」
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> 米田「ああ、他に何がある？」
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> 彼女は、こめかみを押さえながら、
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> さくら「いや、問い返されても困るんですけど．．．」
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> すうと、息を吸い、叫ぶ。
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> さくら「アリのどこが強大な敵なんですか！！」
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> ふう、と、重いため息をつき、彼はこう答えた。
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> 米田「．．．アリの穴から堤も崩れる。俺が古文書を調べていて発見した予言だ。」
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> さくら「意味が違います！！」
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> 米田「まあ、こいつばかりは、俺じゃねぇと相手が出来ねぇだろうからな。みんなには黙っておいてくれ。」
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> さくら「何を根拠にそういうんですか！」
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> 米田「じゃ、いってくる。」
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> さくら「人の話を聞けぇ！！」
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> とーとーわめき出したさくらをよそに、米田は殺虫剤をかついで、支配人室を出ていった。
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> 残されたさくらは、目まいを感じて書類棚に手をつく。
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> と、からんと音がする。不審に思って調べてみると、隠し棚が見つかった。
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> 開けてみると、そこには数々の酒瓶が隠してあった。どうやら米田の酒の隠し場所らしい。
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> さくら「まさか．．．．」
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> そう、そのまさかだ。
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> 『大吟醸　天狗の舞い』や、『銘酒　うらりょん』等の瓶に混じって有ったのは．．．．
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> 『銘酒　うぉーロックん』
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> さくら「．．．」
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> そのまま数秒間、彼女の思考は停止する。
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> さくら「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！」
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> 次の瞬間、彼女は泣きながら物凄い速度で駆け出し、支配人室を後にした。
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> このときさくらは、自分の中で、何かが、掛け買いの無い何かが確実に、音を立てて壊れるのを感じたという．．．
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果たして、華劇団のメンバーは正気を取り戻すことができるんでしょうか？
この物語の続きを早く見たい。