風のかおり〜krara〜



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投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y074.peanet.ne.jp on 98/2/26 23:54:23

In Reply to: 「第8回メッセージ文コンクール」

posted by 高山 比呂 @ ppp-y065.peanet.ne.jp on 98/2/26 07:07:10

柊は聴いていました。

かおりが生まれて始めて歌ったウタを、柊はガラス窓の向こうで聴いていました。

それから、ずっとずっと見つめ続けました。

雨にも風にも何にも負けない強い心で、ずっとずっと見つめ続けました。

そして、8年間の歳月が過ぎたのです。

タッタッタッタッ・・・

かおりは北風の訪れを知ると、急いで柊の木の丘に走っていきました。

胸にいっぱいの風を放り込むと、赤の靴、白の靴下を脱ぎ、柊の肩の上に乗りました。

「北風さ〜ん、あなたは、かおりを、柊さんを、いつまでも、いつまでも包み込んでくれますよね〜。」

北風は何も答えてはくれません。

ただビュ〜ビュ〜と、かおりの頬を切る声を囁き続けました。

まるで、かおりの涙を、遠い海の彼方にまで運ぼうとしているかのように。

かおりは、涙を埃の匂いのする袖で拭うと、右手を空にかざし目を閉じました。

「・・・うん」

そして、優しい溜息でうなずき、柊の肩の上から降りました。

「またね〜」

かおりは、靴と靴下を履くと、走りながら左手を精一杯高く上げ、柊が見えなくなるまでずっと手を振り続けました。

それからさらに、14年の歳月の過ぎたある日。

「ボク、動けるよ」

柊の木の丘はもう無くなり、大きな、とても大きな煙突の立った工場ができていました。

かおりは、工場の壁に両手を当て、うつむいています。

「ねえ、ねえってば」

コートの端を誰かが引っぱりました。

「なに?」

振り向くとそこには、5歳くらいの少年が立っていました。

「かおりでしょ?」

少年は指差しながらこう言いました。

「え?・・・ボク、なんで知ってるの?」

かおりは、しゃがんで少年の目線に合わせ、不思議そうに答えました。

「だって、ボク、ずっとかおりのこと見ていたんだよ」

少年は指を差し続けたまま言いました。

「でも、私、ここに来たの14年ぶりだから、ボクが生まれた頃からずっと、この
街にいなかったんだよ」

そう言うとかおりは、右手で少年の頭をなでました。

「何年とかそういうのわからないけど、ボクは、かおりが生まれる前からここにいたんだよ」

少年はまだ指を差し続けています。

「う〜ん。・・・私、今年で22歳なの。ボクは何歳なのかな?」

かおりは右手を頭から離すと、自分、少年の順に指を差しました。

「だから、何歳とかそういうのはわからないけど、ボクは、かおりよりず〜っと先に生まれてるよ」

少年はまだまだ指を差し続けています。

「お〜い、かおり〜」

どこからか20代の青年が声が聞こえてきました。

「ごめ〜ん、ちょっと待って、今行く〜」

かおりは声の方向に振り向いてそう言いました。

「誰?」

少年は声の方を指差しました。

「ん?私の旦那さん」

かおりは少年に、左手薬指の指輪を見せながらそう言いました。

「・・・そう」

少年はやっと指を差すのをやめ、手をダラリとさせました。

「じゃ、呼んでるみたいだから、・・・それじゃね、バイバイ」

かおりは、立ち上がると、手を振りながら声の方へ歩いていきました。

「またね〜」

少年は左手を精一杯高く上げ、かおりが見えなくなるまでずっと手を振り続けました。

その日の夕方。

西日の強く差す公園のベンチに少年は座っていました。

「・・・ボク、ヒトになるんじゃなかったな」

目にはいっぱいの涙が光っています。

「カミサマ・・・」

次の日の朝。

おじいちゃんはいつも通り公園を散歩していました。

「あ、あ、あ・・・」

すると、いつもはベンチがあるはずの場所に大きな、とても大きな柊の木が立っていたのです。

『君のウタ、聴こえてるよ』