小説「犬(dog)」第九回



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投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y105.peanet.ne.jp on 98/2/10 00:48:15

「ふ〜ん、あの人からもらったんだ〜」
「で、どうしたらいいと思う?」
(付き合えとか言わないでね)
 相変わらず不器用にコントラバスを持つかおりんと、フルートを縦笛のように持っている裕子は、音楽室の角の2つの椅子に座っていた。
「かおりんは、あの人のこと、どう思ってるの?」
「どうって言われても」
(全然知らないもんな)
「もし、ちょっとでも好きだって思うんなら、付き合ってみたらいいんじゃない?」
「え〜、いや〜、それはちょっと」
(だから言わないでって)
「じゃ嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないんだけど・・・」
(僕、男となんか付き合いたくないし)
「う〜ん、好きでもないし嫌いでもないってやつね。そうね〜、・・・それなら返事しないってのはどう?」
「え?でも、それでもいいのかな?」
(お、その意見大賛成)
「いいんじゃない。それで、よ〜く考えて、やっぱり好きになったら返事すればいいし、嫌いだったり、何とも思ってなかったりしたら、そのまま何もしなければいいんだから」
「・・・あ、そうだね、じゃ、そうするよ」
(それなら、後々かおりんが選べるしね)
「うん、そうした方がいいよ、私もそうしてきたから・・・」
「え、本当?」
(そりゃそうか、このかわいさなら男も放っておかないだろうな。・・・僕も好きなんだし)
「やだな〜、嘘に決まってるじゃない。こういった方が安心するかなって思って言っただけ」
「ま〜た〜、裕子ぐらいかわいけりゃ、ラブレターも毎日4トントラックで運んでくるようじゃないの?」
(やば、ちょっといやみに聞こえちゃうかな)
「なにそれ、そんなことあるわけないじゃない。多くてせいぜい2、3枚ってところよ」
「あ、やっぱり貰ってるんだ〜」
(でも、なんか複雑な気持ちだな、・・・やきもちか?)
「うん、・・・でもね、私、男の人と1回も付き合ったことってないの。だから、さっきかおりんに言った言葉、自分宛てでもあるんだよね」
「あ、そうだったんだ」
(ま、中2ならまだ付き合ったことなくていいでしょ)
「・・・本当はね、私、好きって、恋って気持ちがわからないの。お母さんとかお父さんとか犬のドンのこと好きだけど、別にドキドキするって感じじゃないの、こういうのって、愛って気持ちでしょ。それでね、私、どんな男の人にも、もちろん女の人にも、この愛って気持ちしか感じないの、だからね、恋って気持ち感じないから、誰とも付き合えないの。ちょっとでも感じたら付き合おうと思ってるんだけど、それもないの」
「そう、なんだ」
(え、なんで突然こんな話してるの?)
「あ、でも、いつかそういう人に出会えると思って前向きに生きていってるから気にしないでね」
「・・・大丈夫だよ、きっといつか、絶対出会えるって」
(僕がそういう人になりたいけど、無理だろうな)
「ありがとう。・・・なんかごめんね、私の話になっちゃって」
「いや、いいよ。ね、これからもお互い悩みがあったら、相談しあっていこうよ」
(これが親密への第一歩になるしね)
「うん、・・・そうだね」
〈は〜、返事来ねえな〜〉
 ベットの上、少年は自分の書いた手紙を読んでいた。
〈・・・にしても、ずいぶんすげえの書いちゃったな。こんなの貰って、・・・どう思われてんだろうな、俺。やばい奴だとか思われてんのかな?・・・か〜、も〜!!〉
少年は空に投げた両足の反動で立ち上がると、机の2番目の引き出しを開け、給食の献立表と、数学の練習問題のくしゃくしゃになったプリントの間に、手紙をしまい込んだ。
〈頼むよ、工藤さん〉
 一週間後
 暗室で1人、黙々と現像をする少年。
 定着液に浸されている印画紙には、“かおりん”の笑顔が焼き付いていた。
〈やっぱいいな〜、なんか違うんだよね〜。もっとかわいい人がいるのにさ〜。あ〜、も〜、ねえ、かおり♪〉
「どうしたの?かおりん」
「いや、なんか、ど忘れっていうか、頭が真っ白になっちゃてるっていか・・・」
(もともとこんなのの弾き方なんて知らなかったもんな〜)
 音楽準備室の柱の側に椅子と楽器を持ち寄り、『情景』の練習をするかおりんと裕子。
「がんばろうよ、今度のコンクールは金賞取るって、言ってたじゃない」
「そ、そうだったね。・・・うん、頑張るよ」
(やばいな〜、また家帰ってから指の練習しなきゃ)
「ねえ、私は、うまくできてるかな?」
「え、うん、完璧にできてると思うよ」
(聴いてて心地良いもんな)
「よかった。・・・実は昨日ね、家で2時間練習してきたんだ」
「ほんとに?」
(2時間って)
「うん。あいだでちょっと休憩もしたけどね」
「へ〜、でも、すごいよ」
(本当、すごいと思うよ)
「そうかな?」
「そうだよ、僕なんか家帰ったら、教本ちょっと読むだけだもん」
(あんなの持って帰れないからってのもあるんだけど)
「あ、かおりん、また“僕”って言ってる」
「え、あ、そう?」
(やべ、また使っちゃったよ)
「なんか先週から急に使い出したよね」
「いや、そんなことないよ」
(またこの話題か)
「やっぱり返事しないでいることが重荷になって、そうなっちゃったの?」
「だから、こないだも言ったじゃん。違うって」
(僕が“私”って言うの忘れただけなんだから)
「本当に?」
「ほんとほんと」
(ただ中身が違うだけなんだから)
「でも、もし私のせいでそういう風になっちゃったとしたら、ほんとごめんね」
「別に裕子のせいじゃないんだから、気にしないでいいって」
(ほんと、優しいというか、心配性というか、う〜ん、かわいい子だな)
「うん。・・・でも、やっぱりごめんね、変なアドバイスしちゃって」
「いや、あのアドバイス良かったよ」
(僕に責任がかかんないからね)
「そう?」
「そうそう」
(あ〜も〜、つくづくいい子だな)
「で、あの人のこと今どう思ってるの?」
「え、どうって、別に相変わらずだよ」
(未だに会ったことないんだよな)
「じゃ、まだ返事はしないんだ?」
「うん、当分ね。・・・あ、それより裕子、好きな人できた?」
(女同士だと、こういうこと気軽に聞けるもんな)
「え、いや、まだ、できてぇないよぉ」
「その言い方、なんかあやしいな〜」
(すっごい、わざとらしいもん)
「冗談で言っただけだよ。実際、本当にできてないよ」
「いやいや、その顔はできてる顔だよ」
(やば、ベタな台詞言っちゃったよ)
「も〜、本当にできてないって」
「わかったわかった。・・・でも、早くできるといいね」
(本当は僕が帰るまではできなて欲しくないけど)
「うん。・・・私も早く、誰かに恋してみたいな」
裕子は、かおりんの右手を見つめながらそう言った。

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第一〜八回:http://www.peanet.ne.jp/~t-i1979/dog0.htm
第十、十一、十二回:2月中
以降掲載未定

作者の独り言:
とってもお久しぶりの「犬(dog)」です。約3ヶ月ぶりなので、もしかすると誰も覚えてないかもしれませんね(笑)。本当は2ヶ月前に書き出してたんですけど、どうしても書けなかったので、ワインみたいに寝かせておけば良くなるかな?と思い(笑)、ずっと書かないで置いておいた第九回はどうだったでしょうか?相変わらず台詞しかないですよね(爆)。でも、今回は後々の理由付けになる回なんで、前半は普段よりちょっと慎重に書いてみました。第十回はもうちょっと早く掲載できると思いますので、期待せずにお待ちください。