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投稿者: 神村はるか @ webgate.yamato.ibm.co.jp on 98/1/29 10:51:40

In Reply to: 「第7回メッセージ文コンクール」

posted by 高山 比呂 @ ppp-y077.peanet.ne.jp on 98/1/29 07:02:16

「ねぇ、手をつないで歩かない?」
前の晩にあんな事があったので、私は少し心配していたのかもしれない。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

家中に響くような勢いで玄関の扉を占める音が聞こえた。
「おかえり、今日は早いね。」
ひょいっと覗き込むように顔をだして、そう言ったが、何の返事も返ってこない。
いつものことである。一緒に暮らすようになって長いから、もう慣れたものである。
「あたしこれからご飯なんだけど、一緒に食べる?」
とりあえずそう言っておいた。一緒に食べないことがわかっていても。
でもその日はいつもと違っていた。一緒に食べると言い出したからだ。
ちょっと嫌な予感がしたが、誘わなければ、もっとうるさいから諦めるしかない。
「またダメだったのか・・ほんと、長続きしないわね。」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ね、なんでそんなに怒ってるの?」
人の恋愛、特に失敗した直後はあまり係わらない方にしようと心がけているものの
今回はそうもいかないらしい。いつも駄目になった時は、もっと遅い時間に帰ってきて
次の日の朝に顔を合わせた時は普段と変わらない様子なのに、今回は違っていた。
「今までの男で一番最低だったわ。」
いつもはビールを飲む彼女も、今日は付き合いがいいのか、熱いお茶の入った
マグカップをテーブルの上においてそう言った。
「別れたことに関しては、別にいいのよ。ま、なんとなくわかってたし。
でもね、アイツ、別れ話を一方的に切り出して、とっとと店から出ていっちゃったの。」
「ふ〜ん、別にいいんじゃないの、サバサバしてて。」
自分も何度か恋愛に失敗した経験があるので、そんな簡単に切り出してくれるなんて
むしろありがたいようなき気もしたので、軽く答えた。
「あーっ、違う違う!そうなのよ、別にそんなのはどうでもいいことなの、一番アタマに
来てるのはね、アイツ、自分のコーヒー代、置いていかなかったの!!」
「??」
失恋の話から、いきなり現実的な話をされて、どう反応していいのかわからなかった。
「どうして最後の最後に別れた男のコーヒー代、おごらなきゃなんないのよ!!」
「ああ・・」
「だいたい、そういう時は伝票くらい持っていけっての!あーっ、思い出しただけでも
イライラしてくる!!」
「・・・もしかして、それで怒ってるの?」
彼女の怒っている本当の理由がわかってちょっとおかしくなった。
こういう所がかわいいから、一緒に暮らすことが出来るのかもしれないと考えた。

彼女はしばらく黙って出されたパスタを食べていた。トマトのソースがかかっている
見た目にはごく普通のスパゲッティである。
「・・・・ねぇ、このスパ、おいしいわね?コンビニ?」

唐突に彼女はそう言った。彼女はデートのときは結構有名な店で食事をしたりして
味にはうるさいように見えるが、自分ではあまり食事は作らないで、用事がなければ、
だいたいコンビニで売っているもので食事をすませてしまっていたので、
家で食べるもの=コンビニの物というイメージが出来ているらしい。

「わたしが作ったんだけど。って言っても材料なんか、コンビニで手に入るものばっかりだけどね」
「ふーん、結構いい感じじゃない。どうやって作ったの?あたしも作ってみようかな」
「どうやってって、スパゲッティ買ってきて煮て、ソースはトマトピューレの缶詰にちょっと味付けて・・」
「ふーん、渋谷のパスタ屋と味、変わらないね。すごいね」

結局失恋話はその日はもうしなかった。美味しい食事は心を落ち着かせることに
二人とも改めて気が付いたようだった。そして、一人で暮らしていたら絶対にわからない
楽しい食卓にも気づいていた。やっぱり、まだ二人でいたいと、どちらともなく考えていた。
こんな生活が永遠に続くことはないとは知っていても・・。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ねぇ、手をつないで歩かない?」
前の晩にあんな事があったので、私は少し心配していたのかもしれない。
おかしな話だけど、彼女のあの話を聞いた後は、いつも
自分の相手もどこかに行ってしまうような気持ちがして、彼の顔を見ないと落ち着かない。
あなたは、いつも照れくさそうに、私の手を優しく握ってくれる。
この一瞬が好き。あなたと手をつないで歩いているこの時が。
でも腕を組むのはあまり好きじゃない。だいたい歩きにくいし、
なんだか人に見せ付けているような、不純な動機が自分の中にあるような気がするから。
手をつないでいる方が、あなたの優しさや温もりが伝わってくる。

いつまでも、一緒に歩いていたい。

でも、まだ一緒に暮らす勇気はない。
今はまだ、彼女との生活があるから、あなたとも楽しく過ごせるのだから・・・。