リレー小説土星第26話『snow』2



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投稿者: イ中イ非 @ pppb91c.pppp.ap.so-net.or.jp on 98/1/28 09:20:50

In Reply to: リレー小説土星第26話予告

posted by イ中イ非 @ pppb91c.pppp.ap.so-net.or.jp on 98/1/28 09:18:22

一面の銀世界とはこういうことを言うのかと、空港を出た私は白いため息を漏らすしかなかった。
月の裏側には冬が存在し、雪が音もなく降り積もっていた。
科学は月に空気の膜を張り、厚い雲を作り、月の砂の上に氷の砂を敷き詰めた。
風のない夜、一定の速度で雪は無数に舞い下り
周りのロマネスク調の建物たちが、シュガーパウダーを降りかけられた
お菓子のように屋根を白くさせていた。
私は、おしゃれ着のドレスの上にコートを着てもなお、刺すような氷点下の寒さに音をあげていたが
この神秘的な光景を前にした瞬間、ミルクを与えられた赤ん坊のように声をなくした。
雪を見ると何をするかは子供の習性で決まっていて、私たちはまず空港前の広場へ駆け出し
すかさずその白い砂に触れた。
「冷たい!」
私は思わず声を上げた。雪がこんなに冷たいものだとは知らなかった。
おそるおそる白く冷たい砂を両手ですくい上げると、手のひらの中で
きらきらと光る。覗き込むと砂の粒それぞれが、対称的な六角形をかたどっていることがわかる。
雪の結晶だ。学校の授業で習ってはいたが、自分自身の目でそれを確認できることに
私はすごく感動した。
突然、脇腹に軽い衝撃を感じ、顔を上げると、ふざけたエリーとレイが
雪玉を私に次々と投げつけている。
「やめてよ。田舎者だと思われるじゃない」
私は子供のくせに、子供らしい振る舞いをしていいのか戸惑った。
「田舎者なんだからいいじゃない」
私の半分くらいしか背のないスーツ姿のレイが、無愛想に言う。
「そうよ。いいじゃない。私、雪ってはじめて」
赤毛の同級生エリーが、雪をこねながらせわしなく動いている。
仕方なく私も、雪玉を作ってみるが粉雪は予想以上に固まりにくく
球体はその形を維持できずすぐ崩れてしまう。
「いくよレイ君。第2回波状攻撃!」
エリーがレイによくわからない合図すると、2人は両手に奇声を上げながら雪玉を投げつつ
こちらに走り寄ってくる。
私は抵抗せずに、そのまま2人と揉みくちゃになって、雪の海の中に深く沈み込んだ。
仰向けになったまま、私はぼんやりと空を眺めていた。
私は黒く淀んだ高い高い空から、私の頬まで落ちてくる結晶ひとつひとつを
数えてみたくなる。
しばらくこのままじっとしているのも悪くないと思い、小さく笑った。
「君たち。そろそろ行かないとチェックインに遅れるよ」
その時、後ろで一部始終を見ていたカウンセラーが、腕時計を見ながら呼びかけた。
私たちは、その一言で一気に冷めてしまい、おずおずと立ち上がり
コートについた雪を真っ赤な手ではらうと、男の後に続いた。