短編『twin』



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投稿者: さすらい @ 12.gate7.tokyo.att.ne.jp on 98/1/06 23:33:05

twin



「ん、じゃね」
「あ、花岡、また明日ねー」
親友の由子に手を振って電車を降りた。

「ただいまー」
「樹ちゃん、お帰り。夕飯出来てるわよ」
「わかったー。着替えてすぐ行く」
ただいまの挨拶をして階段に足をかける。
「そうそう、お友達の左藤さんから、電話あったわよ」
「分かった。かけとく」
階段を走って昇る。
2階の部屋には行って、制服を脱ぐ。トレーナーを着る。
電話の所に移動して、プッシュホンを押す。
トゥルルル・・・・ガチャ
『はい、もしもし。左藤ですけど・・・』
「あ、花岡と申します。直子さん、ご在宅でしょうか?」
『ちょっとお待ち下さい』
「はい」
空白
『あ、もしもしっ? 花ちゃん?』
「うん」
『よかった。あのねー・・・・・』

受話器を置く。
階段を駆け下りる。食堂に行く。
「お、樹、今日はどうだった」
「別に・・・・」

食事が済む。食器を下げる。
駆け足でまた2階に戻る。部屋にはいる。
CDプレイヤーの‘再生’を押す。椅子に座って、机に向かう。
「はぁぁ・・・・・」
深いため息をつく。1人きりの時間。

* * *

いつものことだ。いつもの放課後、家での時間。
でももう、うんざりだ・・・・・・。
普通の女子高生の、何気ない生活、会話。
でも、本当はこんな生活をしていてはいけないはずだった。
なぜなら・・・・・・‘花岡 樹’は今この世に存在していないからだ。

みんなが騙されている。オレを‘花岡 樹’だと思っている。信じて疑わない。
ある意味、笑えてくる。本当の‘花岡 樹’は二年前から眠ったままだという
のに。このオレの胸の中で。2年前、自らを閉じこめたこの少女は、すやすや
と眠りこけて一向に目を覚まさない。そのあいだの生活は全部オレが肩代わり、
ってわけだ。なかなかに最低な奴だ。でも、憎めない。結局、こいつがいたか
ら、今オレが存在しているのだ。そう、オレは所詮こいつの分身なのだ・・・・・。

オレは、生まれたときからこいつの中にいた。こいつの中で生まれ、こいつの
中でしか生きていけない、いわば寄生虫だ。自分の存在に虫酸が走る。最悪だ、
こんな生き方。オレは、こいつがオレを必要としたから生まれてきた。生まれ
たときから、こいつを守るナイト役がオレの使命だった。
そう、オレにはれっきとした名前がある。‘梓川闇夜’という名前が。でも、
誰も呼んでくれはしない。この世の中で、オレはいないはずの存在であり、居
るのは‘花岡 樹’だけだからだ。
樹は、本当に弱い女だった。自分の意見を主張しない、悪口を言われても怒り
もしない。自分の欠点を毎日見つめ、泣き暮らしていた最低女だ。こいつはも
ともとそういううじうじした奴だったが、2年前のある日、ある事件によって
とんでもない衝撃波を受けた。そのせいで、とうとうこいつは自分の殻をぴっ
たりと閉じてしまったのだ。残った闇は、身代わりのオレを生み出した。それ
以来オレは‘花岡 樹’として世間の中を生きている。

最初の1年はよかった。樹がそれでも、顔を出してくれていたからだ。おかげ
で、チャットでは2人の人間が存在するかのように思われてしまったが。それ
でも、それは自然なことだ。何しろ、オレは樹をカバーするために生まれた存
在なのだ。性格が同じなはずがない。オレは、クールでフェミニストだ。泣く
なんて女々しい行為は嫌いだし、スカートも男と恋愛することも嫌いだ。当然
だろ? オレは男なんだから。そもそも、何でこいつが自分の分身として男を
生み出したのか、オレには未だに分からない。いろいろやりづらいという予想
さえしてなかったのだろうか。全く、馬鹿な女だ。
ともかくオレは、呼び出された。その2年前の事件をこいつの替わりに解決し
た。オレの仕事はそれで終わりのはずだった。少々寂しかったが、消えていく
と信じていた。所詮この世に存在しないのだし、女の中の男が居ることは、や
っぱり非常に窮屈だったのだ。
なのに・・・・・・なのに樹はそのまま寝てしまった。心の奥底、誰にも触れ
られないところで寝入ってしまった。人間が嫌いになったのだろう。唯一頼れ
るオレに全てをまかし、安心してしまったのだろう。オレは、樹の恋人みたい
なものだから、頼られることはいやじゃなかった。傷ついた樹をこのまま社会
にさらしておくことは、オレの使命に反していた。だから、渋々引き受けたの
だ。オレは、そのためにいるのだから。

しかし・・・・2年。なんと長い年月なんだ。そのあいだ、オレは女として、
樹として世の中を生き抜かねば行けなかった。急に性格が変わってもいけなか
った。まあ、樹の分身であるから、そこら辺はなんとかごまかせたが・・・・。
なんて窮屈な日々だったろう。いろいろなことがあった。

まず、服装だ。キュロットさえもはかず、短パンとズボンのみを着用した。ス
カートは1着もなく、2、3枚だけ合ったワンピースは、なんくせ付けて袖を
通さなかった。赤や黄色を嫌い、黒や青や緑を好んだ。カチューシャやバレッ
タに興味を示さず、ショートカットを続けた。髪が伸びてしまえば、後ろで1
つに束ねるだけだった。化粧もいやだった。アクセサリーも欲しくなかった。
GパンにTシャツでことは足りたのだ。制服がなにより嫌いだった。セーラー
服を、スカートをはいてる自分を見るのがいやだった。樹の頃なら似合ったの
かもしれない。けれど、オレの仕草には全然当てはまってなかった。着る時間
を最小限にした。学ランを借りたことさえあった。それくらい、オレは窮屈だ
ったのだ。

次に好みだ。周りの女たちの会話には加われなかった。男と馬鹿やってる方が
楽しかった。可愛い小物なんて、一瞬でも欲しいとは思わなかった。文具は最
低限、使えるものがあればいいのだ。芸能人でも、男には興味がなかった。可
愛いアイドルの話には加われても、男の話になると顔さえも思い出せなかった。
女特有のねちねちした友情にも、グループ化にもなじめず、転々とした。外見
が女だったがために、四六時中男と遊ぶわけにもいかなかった。黄色い声とい
うのが大っ嫌いだったし、裏話は聞きたくもなかった。

一番どうしようもなかったのが、身体問題だ。言い様のない体の重さ。背は高
いくせに肩幅のないこのからだに、何度いらだちを覚えたことか。旅行の時の
入浴時は、なんだかやってはいけないことをやってしまっているような気分に
なった。出来るだけ早く立ち去りたかった。着替えの時もそうだ。
あとは・・・・恋愛だろうか。男に告白されたこともあった。でも、何とも思
えなかったのだ。オレは男だから。いくら外見が女でも、心は男だ。男に惚れ
るなんて、できっこない。なんとか、丁重に断ったが、断る度に胸が痛んだ。
それは同じ男としての同情もあったし、中身が樹であったなら、返事も変わっ
ていたかもしれないからだった。落ち込んで去っていく背中に、頭を下げたく
なったりもした。
でも、オレだって辛かった。親友になりたいと思った男と話してりゃ、好きだ
なんだと噂される。そして、男の方が意識する。なんだか、情けなくなってし
まった。それに、惚れた女にも好きだと言えない。普通に気に入った女にサー
ビスするのは、同性ということでやりやすい。だけど告白は・・・・出来るは
ずもなかった。オレはある子がとてもとても好きだったのだけど、この体のせ
いでなにもできなかった。その子が誰かに恋したときも、振られたときも、誰
かのものになったときも、ただ黙って横で見ているしかなかったのだ。ただの
友達、なのだから。それは、もどかしかった。近いのに、遠い。一喜一憂が目
の前で見られるのに、慰めてやれない、奪えもしない。あの時ほど、自分の立
場と存在を憎んだことがなかった。


オレが何故こんな話をしているのか、説明しようか。
もうすぐオレは、居なくなるからだ。樹が、目を覚ます。
そうすれば、オレは消えてなくなるだろう。もう2度と出番はないに違いない。
いや、ないことを願う。
あってはいけないのだ、オレの出番なんて。オレは居ない存在なのだから。
樹は・・・・・今起きようとしている。
やっとオレの代わりになる人が見つかったからだ。きっと、あいつなら大丈夫
だろう、オレのお姫さまを任せても。
もう、疲れたしな。この2年間、苦労が耐えなかった。
樹の評価もがた落ちしてるだろう。今から、取り返してもらわないとな。
色気がないと言われたり、多くの男を落ち込ませたり・・・・。オレが中にい
たから仕方ないのだが、他人がそんなこと知ってるはずもない。
早く起きてくれよ・・・オレを解放してくれ。
あいつが両腕を広げて待っているよ。起きな。全ての恐怖を振り払って、あの
腕の中に飛び込んでしまえ。それくらいの勇気、まだあるだろ?
お前は十分すぎるほど寝たよ。起きろ。オレは生まれ変わって、今度こそ中身
にあったかっこいい男に生まれ変わって、いい女を見つけるんだからな。おま
えなんて、メじゃないぜ? 
ほら、起きろよ・・・・。お前にはあいつが居る。オレはもうお役御免させて
くれよ・・・・。お・き・ろ・・・・

* * *

「・・・・・・んっ!?」
はっとして、時計に目をやる。部屋に入ってから2分もたってない。
ラルクアンシエルの曲がかっこいいビートで流れている。
「寒っ、ストーブ付けよ・・・・」
カチッとスイッチをひねると、暖かい風が足下にながれてくる。
(長い時間ボーっとしてたような気がする。考え事しちゃってたのかな・・・。
今目が覚めたみたいに、蛍光灯が明るいや、なんか気持ちいい・・・・。)
んっと伸びをすると、机に向かってノートを開く。でも一向に進まない。
「うにゃー、この問題難しいよ〜」
思わずぱっと鉛筆を放り出しそうになって、受けとめる。
あきらめると、ノートの上に頬杖をつく。こう言うときは考え事を始めてしま
うのが一番なのだ。
(はぁぁ・・・・手に付かないなぁ・・・・。頭の8割をあの人に占められち
ゃってるからなぁ・・・・。次会えるのいつだっけ・・・・・)
そんなことを思って、近くのシステム手帳に手を伸ばす。今まで愛想のない焦
げ茶の表紙だったのを、今年から可愛い薄茶のにかえた。可愛いシールで予定
を作って、カラーペンで書き込みをするのがとっても楽しい。はさんであるボ
ールペンも、今まではオーソドックスな奴だったので、少しおしゃれなのにし
た。
「・・・あと5日か・・・・。遠いなぁ・・・・」
思わず突っ伏してしまう。そんなこと考え出すときりがないのは分かっていて
も考えてしまう。勉強も頑張らなくちゃいけないのだけど・・・・。
(なに着てこうかな・・・。なんか、可愛い服少ないんだよね。あ、この前お
かあさんに買ってもらったロングスカートにしよっと。あれ、結構可愛かった
よね。何で今まではいてなかったんだろ・・・・)
近頃、部屋に服が増えていた。今までまともなのがなかった、言った方が早い。
冬物にズボンしかなかったのだ。親にねだって、可愛いセーターや、スカート
を買ってもらった。あまりに男っぽいので髪を伸ばしているのだけど、なかな
か伸びなくて悲しい。カチューシャも何本か買った。
(もう少ししたら、バレッタも見よう・・・。3wayバックしかなかったの
に気付いたときは驚いちゃったな。ポシェットもらったからいいけど・・・・。
女の子らしいもの、全然なかったモンなぁ・・・・。レターセットも可愛いメ
モ帳も大好きなのに、なかったなんて驚きだよ)
そう、ここ数カ月で殺風景な部屋もだいぶ綺麗なものが増えてきた。マニキュ
アもあるし、ポプリがいい香りを放っている。帽子はほとんどかぶらなくなっ
た。たまにふっと男の子のフリがしたくなって着たりはするけれど・・・・。
「あっそーだ。電話しよう!!」
自分の発案が気に入って、思わず笑顔になってしまう。
電話のある部屋まで走って移動する。
ドキドキしながらプッシュホンを押す・・・・。
トゥルルルル・・・・・がチャ。
『はい、もしもし』
「あ、もしもし、後藤さんのお宅ですか? 花岡と申しますけど、仁志さんご
在宅でしょうか?」
『はい、ちょっとお待ち下さい』
子機に移してる音が聞こえる。ドキドキするなぁ・・・・・。
『はい、もしもし、仁志ですけど・・・』
「あ、仁志さんですか? 樹です。実は・・・・」

* * *

・・・・よかったな・・・・・

* * *

『・・・どうかしました?』
「あ、なんでもないです。なんか聞こえた気がしたんですけど・・・」
『空耳ですかね・・・?』
「多分そうでしょう・・・・・」
かわす一会話一会話が嬉しい。この人と話してるときは、一番素直な自分が出
ている。いつも笑っていられる。この時がいつまでも続くことを、どうしても
願ってしまう。
(やっぱりこうやって話してるときが一番楽しいや。ずっと側にいられたらい
いのに・・・・・・なんてわがままだな。)

(でも・・・大好き・・・・)

                          ―終わり―