小説『一番星に捧ぐ詩(うた)』4の1



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投稿者: さすらい @ 19.gate7.tokyo.att.ne.jp on 98/1/05 07:53:23

4.疑いとは

疑うこと
人を軽んじること 傷つけること
時に 真実を見いだす術
疑う者は皆
その瞬間を夢見続ける


 深い眠りから覚めた翌朝、事情聴取が始まった。
 あくびが出そうなほど暇だった。もちろんかみ殺してはいたが。それは一連の状況説明から始まり、現在の謎、そして僕への質問へと移っていった。立川さんはそうでもなかったが、僕と机を挟んで座っていた刑事は明らかに僕に容疑をかけていた。まあ、それは仕方のないことだ。第一発見者が犯人というのはよくあることだし、実際そうであればこれほど簡単な調査はない。彼は一生懸命僕のぼろを見つけだそうとしていた。でも見つかるはずがない。僕は犯人ではないのだから。

「・・・すると君は4時半に学校を出て、7時過ぎに家についたわけだね?」
「はい、そうです。下校時は正面の時計を見て確認しましたし、途中まで友達とも一緒でした」
「で、帰宅時間は隣の家の人などが裏付けしてくれている。・・・じゃあ、もう一度この2時間半の空白について説明してもらおうか」
 ため息をつきたくなる。さっきから延々と繰り返されている会話だ。いい加減やめてくれないものかと思ってしまう。
 僕にさっきから質問を浴びせかけている彼はどうやらこの点にこだわりたいらしかった。確かに犯行時刻でもあるし、一番切り込めそうな点だ。
「・・・さっきも言いましたが、まず本屋によって立ち読みをしました。それから河原に行って寝そべってましたよ。晴れてたので」
 僕はなぜか彼女と一緒にいたことを告げなかった。なんだか、口に出してしまってはとてももったいない気がしたのだ。自分が不利になることはよく分かっていた。それでも言えなかった。彼女と過ごしたあのひとときは、僕の中で触れられたくない、壊したくないものになっていた。
「本屋はいいとしても、河原の方は誰も見ていないわけだね?」
 刑事が乗り出すかのように語りかけてくる。頭が痛い。こんな対談から早く抜け出したかった。しかし、目の前の嫌な男は僕を部屋に帰してくれそうにもない。口元こそ笑っているものの、視線は僕の皮膚に張り付くかのように投げかけられている。最悪だ。
 今日は本当に嫌な日だった。目覚めは悪く、夢も見た気がしない。朝からせわしなく支度をして、暗い院内で一言も言葉を交わすことなくここまで連れてこられた。こんな時にあの星空でも思い出せれば心が安まるかもしれないのだが、彼はそういう時間を与えてくれそうになかった。一瞬の隙も見逃すまいとしている。こんな風に扱われて、みんなよく追いつめられないものだ。ふとそんなことを思ったりもした。
「・・・・・どうなんだね? 1人だったのかい?」
 うだうだと思っている内にも質問は続いていたらしい。前に焦点を合わせると、男の苛立った顔が見える。これはいけない。怒らせてしまうとややこしくなるからだ。
「あ、ええ、そうです」
「すると・・・・・」

 こんな感じで質問は続き、結局夕方近くになるまで僕の退室は許されなかった。刑事はまだ河原の一件が気になっていたようだが、しぶしぶ返してくれた。きっと立川さんが口をきいてくれなければ、彼は1晩中でも問いつめていただろう。
 病室に帰ると、診察が待ち受けていた。医者がやってきてあれこれ聞いていく。これだってかなり単調なものだが、さっきのよりはましかもしれない。診察が終わったのは5時。異常なしと認められたため、いつでも出ていっていいそうだ。もっとも帰る家のない僕だから、事件が終わるまでは泊まっていていいと言われていた。しかし、こっちから願い下げだ。警察の近くにいては自由に動けないし、自分に対する疑いの目を浴び続けなければいけない。宛はないこともなかった。家から少し遠くはなるがいとこのアパートがあった。2才年上で気の合うあいつならきっと泊めてくれるだろう。実際それ以外に泊まれるあてなどなかった。ダメもとでも当たってみるしかなかったのだ。


ピンポーン・・・・

 僕はいとこの家のチャイムを鳴らした。どうもあの事件以来、この音が嫌いになってしまった。でも仕方がない。返事がなかった。留守なのだろうか。もう、前みたいなことはこりごりだ・・・・。
 僕が緊張した面持ちでもう1度チャイムを襲うと手を伸ばした瞬間、ドアが威勢良くあいた。
「ふぁーい・・・・誰っすか?」
 思わず安堵の息が漏れる。見上げると、ビン底眼鏡にちゃんちゃんこを羽織った、今時古風な格好の男がいる。これが僕のいとこ賢治兄だ。眠そうに口を開けて、大あくびを連発している。
「僕だよ。久しぶり・・寝てた?」
「お、直樹か。ああ、徹夜で麻雀しててな。まぁ入れや・・・」
「ああ・・・・」
 部屋は相変わらず散らかっていたけど、僕は結構これが好きだった。落ちついてしまうのだ。しかし、賢治兄の女友達たちはここに来て驚かないのだろうか。実は兄はかなりかっこいいのだ。背が高く、スマートで頭もいい。今は最悪な格好をしているが、いつもはコンタクトを入れていて、今とは別人のように振る舞っている。僕はどっちの兄も尊敬している。やっぱりかっこいいのだ、どんな時も。
「待ってろよ。コーヒーでも入れるから・・・・」
 そういうと賢治兄は台所の方へと引っ込んでしまった。一度だけ入ったことのある台所には、調理器具がずらりと並んでいた。兄は料理も大得意だ。本人は必要に迫られたからと言っているけど、それだけじゃないと僕は思っている。才能、みたいなものかな。
「相変わらずだね、そのカッコ。コンタクトは?」
「あー、あんなめんどくさいモン、女がいるときしか付けん」
 答えが本当だと分かっているだけに、僕は笑ってしまった。兄はそういう奴なのだ。さばさばしてて、ガキ大将。でも、そこが女にとっては魅力的らしい。あと、特定の彼女を作らないことも大きな要因だろうか。
「よく騙されてるね、みんな」
 兄が湯気の立ったコーヒーカップを2つ、お盆に乗せて持ってきてくれた。
「ああ、女は家に入れないしな。だから、深い関係っていうのは持ちたくないんだ」
 兄からお盆を受け取って、ミニテーブルの上に置く。兄は僕の向かい側にあぐらをかいて座った。
「・・・で、どうしていきなり来たワケよ? おばさんと喧嘩でもしたか?」
 僕は思わず苦笑いをした。もしそうだったらどんなにいいだろうか。けれど、現実にあったことは取り消せはしないのだ。過去に1ページになったとしても、消せない事実として永遠に残る。
「いや、そんなんじゃないんだ」
「じゃ、どうしたってワケ? 話してみ」
「うん。実は・・・・」
 僕は一部始終を話した。その間兄は腕組みをして下を向いたまま黙っていた。何かを考えていたのかもしれない。なんにせよ、茶々を入れられるよりずっと助かった。自分にだってよく分かってないことを人に説明するのは、それだけで至難の業だったから。
 僕は一息つくとコーヒーをすすった。言うべきことは全て言った。あとは兄の反応を待つだけだった。信じられるか、疑われるかさえ分からなかった。けれど僕には、全てを包み隠さず話すことしか残されていなかった。そして、出来れば理解して欲しかった。兄ならば出来るはずだと思っていた。
 全て語り終わったあとも、兄はしばらくの間黙っていた。それは自分の中で全てをかみ砕き、自分なりの系図に書き換えようとしているようでもあった。そして、ぽつりと語りだした。
「・・・・そうか、おばさんが・・・。大変だったな・・・」
 そう言われてやっと、僕は自分の立場が母を失った身であることを思い知った。今までいろいろなことがあったせいで、そんなこと考えてみもしなかった。改めてそう言われるど言い様のない震えが全身を駆け抜けていき、僕はそれを一生懸命こらえなければいけなかった。
「ああ。当時は僕も相当キちゃってたみたいだね、立川さんの話によると」
 僕は苦笑いをした。それを聞いた兄は顔を上げ眉をひそめた。僕がそこまでになってしまったことが意外だったのだろう。
「なるほどな・・・・で、その立川さんがお前の担当なんだな?」
「うん。まだ2度しか会ってないけど、かなりしっかりしてる人だと思う」
「そうか・・・。で、疑いはお前に、か・・・」
 兄が再び頭を落として、思考にはいる。立川さんのことを聞くあたり、兄らしい。ちゃんと人脈を見ながら事を進めて行くつもりなのだ。
「仕方ないとは思うけどね。でも、なんとしてでも晴らしたい」
 思わず手に力が入る。母さんのためにも、どうしてもしなくてはならない仕事だ。兄は協力してくれるだろうか。不安になる。兄がいるのといないのとでは大違いだからだ。
「ああ、わかってる。オレは・・お前に協力するよ」
「あ・・・ありがとう!!」
 声がうわずっているのが自分でも分かる。ワラをも掴みたい状況の中で見つけた、たった一本の頼みの綱だった。兄は照れたように手を振った。
「よせよ。仲のいい直樹の頼みだしな。どうせ行くところもないんだろ? ここに泊まれよ」
「いいの?」
「構わないさ。そのために彼女もいないんだしな」
兄はそういって笑った。


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あけましておめでとうございます(^^)
今年も、こんな調子で頑張っていきたいと思います(汗)
とりあえず、冬休みを利用して停滞していた一番星を進めました。
うまくいけば、今月中にもう1度くらいアップできるかな?
では、また。