ゆかり婦警のたおやか事件簿



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投稿者: 高山 比呂 @ ppp-y094.peanet.ne.jp on 97/12/26 01:45:16

In Reply to: 第6回メッセージ文コンクール

posted by 高山 比呂 @ ppp-y065.peanet.ne.jp on 97/12/25 09:23:36

『小犬のロミちゃん捜索事件』

「おじゃようございま〜しゅ」
 女は署内に入ってくるなり、すぐに敬礼のポーズを取って、そう言った。
「ゆかり巡査。なんだね、そのあいさつは」
 奥の席に座る髪の毛の薄くなった男が、女を睨み付けた。
「いや、あの〜、面白いかな〜と思いまして、・・・でもウケませんでしたね」
「ばか、あいさつに面白いもクソもあるか」
「どうも、すいませ〜ん」
しずしずと自分の席に座るゆかり巡査。
「ゆかり巡査、今日の面白かったよ」
 ゆかりの左隣の席に座っている制服を着た男が話しかけてきた。
「そうですか?」
「うん、阿野部長さえいなけりゃ、みんな大爆笑してたよ」
「ん〜、いつもお世辞ありがとうございます〜」
「いやお世辞じゃないよ、ゆかり巡査の明るさを見ないと、なんか一日が始まらないって感じがするんだ」
「もしかして、それって、私への愛の告白ですか?」
「ち、違うよ」
 椅子を引く間もないほど急に立ち上がり、大声でそう叫ぶ“制服の男”。
「樋谷君、静かにしたまえ」
「あ、部長すいません」
 おずおずと椅子を直して座る樋谷。
「や〜い、怒られた〜」
 ゆかりは、笑いながら樋谷を指差し、そう言った。
「るっせ〜」
「るっせ〜、か。あ〜あ、今の返事次第では付き合ってあげてもよかったのにな〜」
「え、本当?」
 またも椅子を引く間もないほど急に立ち上がり、満面の笑みでそう叫ぶ樋谷。
「おい、樋谷君」
「あ、すいません」
 笑みを一瞬で消し、真剣な顔つきで椅子を直し、座る樋谷。
「な〜に喜んでんじゃってるの?あ〜、やっぱり私のこと、好きなんだ〜」
 ゆかりは、左手の人差し指で、樋谷の右腕をグリグリした。
「ち、違うよ」
「ま〜た〜、恥ずかしがらなくていいよ、好きなんでしょ、かわいいかわいいこの私のことがさ」
「だから違うって」
 樋谷は、三度椅子を引く間もないほど急に立ち上がり、机を両手で叩きながら叫んだ。
「樋谷君、いいかげんにしたまえ、何度注意させれば気が済むんだ」
 阿野部長は立ち上がると、樋谷を指差しながら怒鳴りつけた。
「部長、申し訳ございません」
 樋谷は深々と頭を下げ、すぐに席についた。
「ほ〜んと、からかいがいのある奴」
 ゆかりはその様子を見て笑っていた。

「あの〜、すいません」
 白の毛皮を着たおばさんが署内に入ってきた。
「はい、なんでしょうか?」
 ゆかりがおばさんの応対をした。
「この白い小犬を拾ったっていう連絡きていません?」
 おばさんは、白い小犬を抱きしめた写真を差し出した。
「少々お待ちください」
 ゆかりは調書を開いた。
「ね〜、樋谷さ〜ん、手伝って頂けませんか〜?」
 体をひねらせて、樋谷の席の方を向いた。
「え、あ、はいはい」
 奥から樋谷が出てきた。
「あ、どうも。で、何を調べてるの?」
 樋谷はおばさんにあいさつすると、ゆかりの調書を覗き込んだ。
「この白い小犬を拾ったという届がきてないかと」
 ゆかりは写真を指差した。
「う〜ん、見たことないな〜。あの〜、いつ頃いなくなったんですか?」
 樋谷は写真を指差しながらおばさんに尋ねた。
「えっと、一昨日の朝、エサをあげようと思ったら、もういなかったんです」
「一昨日ですか〜。・・・ゆかり巡査、ありましたか?」
「いえ、ないです。残念ながら、まだ連絡がきてないようです」
「え、本当にちゃんと調べたんですか?」
 おばさんは、不信そうにゆかりを見つめた。
「はい、隅から隅まで調べましたが、犬を見つけたという連絡はありませんでした」
「じゃ、探して頂けません?」
「いえ、うちの署ではそういう事は一切しておりませんので、私立探偵かなにかに、お頼みになってください」
 樋谷はおばさんの頼みを断った。
「なによ、あなた達、私たちの税金から給料貰ってるんでしょ、そのぐらいのことしてくれてもいいじゃない」
 おばさんは、おばさん特有の図々しさで反論した。
「いえ、そう言われましても・・・」
 樋谷は困り顔でそう返した。
「はい、わかりました。私たちが責任を持って探します」
 ゆかりは、樋谷の語尾を遮る様に笑顔でそう答えた。
「本当に?」
 おばさんは、また不信そうにゆかりを見つめた。
「はい」
 満面の笑みで、ゆかりは返事をした。
「おいおい、ゆかり巡査」
 樋谷が小声で話し掛けてきた。
「なによ」
「まずいよ、勝手にそんなことしちゃ」
「いいじゃないですか、別に」
「よくないって」
「どうせパトロールの時暇なんですから、その時探しましょうよ」
「でもさ・・・」
「では、お名前、電話番号とご住所をここに記入してください」
 樋谷のことを無視し、おばさんに調書の記入を頼むゆかり。
「どうか、うちのロミちゃんをよろしくお願いしますね」
 記入しながら、そう呟くおばさん。
「この小犬、ロミちゃんっていうんですか?」
 写真を右手で目の高さまで持ち上げ、ゆかりはそう言った。
「はい、ロミオとジュリエットのロミオからとったんです」
 おばさんは、住所を記入しながら、そんな余計な話をした。
「ロミちゃん、ね」
 ゆかりは右手を降ろした。
「はい、これ」
 おばさんは調書とボールペンをゆかりに返した。
「見つけ次第、ご連絡いたしますので」
 ゆかりは調書を軽く持ち上げながら、そう言った。
「じゃ、お願いします」
 おばさんは深々とお辞儀をし、署から出た。
「ゆかり巡査、いいんですか?こんな事勝手にして、阿野部長に見つかったら大変ですよ」
「大丈夫です。って、別に阿野部長に見つからなきゃいいんですから」
「それはそうだけど・・・」
「じゃ、早速調査にいきましょう」
「え?」
「阿野部長〜、樋谷巡査長とパトロールにいってまいります」
 ゆかりは部長の席の方を向き、敬礼をしながら大声で叫んだ。
「おい、待てよ、なんで僕まで・・・」
「いいでしょ、どうせここにいたって暇なんでしょ」
「え〜、でもさ〜」
「つべこべ言わないで、さあ、行きましょう」
 ゆかりは、右手で樋谷の左腕をつかみ、強引に署から連れ出した。
「で、どうするんだ?」
「え?」
「手がかりは、その写真とロミっていう名前だけしかないんだろ」
 樋谷は、ゆかりが右手で持ってた写真を、左手の人差し指で指した。
「お、なんだかんだ言って、やる気じゃないですか〜」
 ゆかりは右肘で樋谷の左腕をついた。
「別にやる気ってわけじゃないよ、でも、約束したことはちゃんとやり遂げなければまずいからさ」
「うん、・・・樋谷さんのその責任感、私、好きだな」
「本当?」
 笑顔でゆかりの顔を覗き込む樋谷。
「嘘に決まってるでしょ、さ、捜査捜査」
「も〜。・・・だから、どこを捜査するんだよ?」
「この足で捜査するの」
「なにわけわかんない事言ってるんだよ」
「刑事ドラマ見ないんですか?頑固刑事役の人が、よく言うじゃないですか」
「あくまでドラマの話しだろ」
「違います。あれは現実です」
「現実って、・・・狂った?」
「狂ってませんよ。だって、ああいうのって、ちゃんと現実のことを取材とかして書いてるんじゃないんですか?」
「いや、そんなのしてないよ。だって、現実に銃の打ち合いなんてないもの」
「確かに、・・・でも、足で探しましょ」
「はいはい、わかりました」
 駅の方向へ歩こうとする樋谷。
「そうだ、太陽にほえろみたいに、走って、写真見せて尋ねて、また走って、ってことしません?」
「いいよ〜」
 本当に嫌そうな顔をして振り向きながら、ゆかりの方を見た。
「“いい”んですね。じゃ、やりましょ」
そんなことお構い無しに、へ理屈を言うゆかり。
「やらないってって、おい待てよ」
樋谷が断ろうとする前に、ゆかりは走り出していた。

 ゆかりは、八百屋のおじさんに写真を見せて、白い子犬のことを尋ねた。おじさんは首を横に振った。
 樋谷は、たばこ屋のおばあちゃんに口頭だけで白い小犬のことを尋ねた。だが、おばあちゃんは耳が遠いらしく、樋谷はもう一度大声で叫んだ。そしたら、おばあちゃんは奥に行き、マイルドセブンを1カートン持ってきた。樋谷は呆れ顔で、走り去った。
 ゆかりは、魚屋のおばさんに写真を見せて、また尋ねた。おばさんは団地の方を指差した。
 樋谷は、肉屋に行き、じっと肉を見つめて、“この肉、犬じゃないですよね”と尋ね、当然のごとく店主に怒鳴られ、焦って走り去った。
 
 中央公園の前で、ゆかりと樋谷は出会った。
「なにか手がかりありましたか?」
「いや、何にもない、そっちは?」
「なんか団地の方で見かけたって」
「団地か〜、骨が折れるな〜」
「いいじゃないですか、さ、行きましょ」

 団地、同じ箱がたくさん立ち並んでいる。
「どうする?もしかして一件ずつ回る?」
「はい、そのつもりです」
「おい、勘弁してくれよ。何件あると思うんだ」
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ。足で探すんですから」
「足でねえ〜」
「じゃ、樋谷さん2号棟お願いします」
 ゆかりは、走って1号棟に向かおうとした。
「ゆかり巡査、ちょっと待て」
 樋谷は右手でゆかりの右腕をつかんだ。
「なんですか?」
「あれ見てみ」
 白い小犬と、駐車場で遊んでいる1人の少年の姿。
「あの犬、違うかな?」
「ちょっと待ってください」
 ゆかりは写真の犬と見比べた。
「どう?」
「色も、種類も、大きさも、・・・首輪も同じです」
「そうか、じゃあれがそうなんだな」
「でも、あの子の犬かも」
「まあいい、とりあえずあの子に聞いてみよう」
 樋谷とゆかりは、ゆっくりと少年に近付いていった。
「ねえ、君」
 制服姿の男女を見て、脅える少年。
「恐がらなくも大丈夫よ。ちょっとお姉さんたちの質問に答えてくれないかな?」
ゆかりはしゃがみ込み、自分の目線を少年の目線にあわせた。
「うん」
 少年は恐る恐る答えた。
「この犬、誰のかな?」
「え、あ、僕のだよ」
 少年は目線を下に向け、答えた。
「本当か?」
 樋谷もしゃがみ込むとそう言った。
「ほ、本当だよ」
 少年は犬を抱きかかえた。
「この写真の犬とよく似ているんだけど、お姉さんたちの勘違いかな?」
 そう言うとゆかりは、左手に持っていた写真を指差した。
「え、あの、その・・・」
 少年は涙ぐんできた。
「本当のこと言って、別に怒らないから」
 ゆかりは少年の頭をなでた。
「ご、ごめんなさい、ぼ、ぼく・・・」
 少年は泣き出した。
「み、道で歩い、てた、この犬、見つけて、あんまり、かわい、かったら、つい」
「そうだったの・・・」
 ゆかりはハンカチを取り出し、少年の涙を拭った。
「じゃ、この犬、本当の持ち主さんに返してくれるかな?」
 ハンカチを少年に手渡し、犬をなでた。
「う、うん。どうもごめんなさい」
「いいの、いいの、気にしないの」
 ゆかりは犬を抱き上げた。
「じゃあね、ジュリ」
 少年は犬の右足を右手で持ちながらそう言った。
「それじゃあ、お姉さんたちこの犬、届けに行くからね」
 樋谷とゆかりは立ち上がった。
「うん、さよなら」
「さようなら〜」
 そう言いながらゆかりは、犬の右足を振った。

「・・・にしても、ジュリとはね」
「そうですね、なんか運命的ですよね、ロミとジュリって」
「運命、か」
「私たちも、運命的なのかもしれませんね」
「え?」
「なんだ聞いてなかったんですか、つまんないの」
「なにが?」
「もうなんでもないです〜」

ピンポ〜ン
「は〜い」
 ドアを開けると、部屋着になった、さっきのおばさんが出てきた。
「ロミちゃん、見つけましたよ〜」
 ゆかりがそう言うと、樋谷はその手に抱えた犬を差し出した。
「あ、ありがとうございます」
 おばさんは犬を受け取った。
「いえいえ、市民を幸せにするのが私たちの仕事ですから」
「さっきはきついこと言っちゃって本当にごめんなさいね。夫にも先立たれ、娘も息子も家から出てってしまい、心の支えはこのロミちゃんしかいなかったの。だから、つい興奮しちゃって、あんなこと言っちゃって、本当に何とお詫びすればいいのやら」
「いえ、いいんですよ、気にしてませんから」
「あの〜、お礼といってはなんですが」
 おばさんは犬を足元に置き、靴箱の上にのせてあったバックから財布を取り出し、紙幣を数え始めた。
「いや、そんなもの要らないですよ。違法になりますから」
「で、でも」
「じゃ、その分でロミちゃんにおいしいエサでもあげてください」
「本当にそれでよろしいんですか?」
「はい」
「で、あの〜、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが・・・」
「なんですか?」
「ロミちゃん、何処にいたんですか?」
「いや、団地の駐車場の、・・・車の下で寝ていました」
「そうでしたか、団地でしたか、どうりでこの辺を探してもいなかったはずです」
「あの、他にもパトロールしなければならないので、そろそろ失礼します」
「え、そんな焦らないで、せめてお茶だけでも飲んでいきませんか?」
「いえいえ、早く回らないと、部長から大目玉くらいますから」
「そうですか、それならしょうがないですね、本当、今回はありがとうございました」
「それでは、さようなら」
「さようなら」

「は〜、いいことした後って、気持ちいいですね〜」
「そうだね〜」
「そういや、なんでさっきおばさんと一言も喋らなかったんですか?」
「ああいうのって苦手なんだよね」
「その人見知り、いい加減直した方がいいですよ」
「いや、人見知りじゃ、・・・やっぱり人見知りだな〜」
「あ、もうこんな時間、早く帰らなきゃ」
 ゆかりは左手の腕時計を見つめるとそう言い、走り出した。
「おい、ちょっと待てよ」
「いやです〜、私、樋谷さんみたいに、部長に怒られたくないですから〜」

「・・・あの少年も、きっと寂しかったんだろうな」

 少年は部屋でひとり、ハンカチを見つめていた。