綴り歌



[ このメッセージへの返事 ] [ 返事を書く ] [ home.html ]



投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ ppp98c9.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/12/26 01:16:08

In Reply to: 第6回メッセージ文コンクール

posted by 高山 比呂 @ ppp-y065.peanet.ne.jp on 97/12/25 09:23:36

 あまり、一人でいるのは好きじゃない方だった。
 私の近くにはいつも、ある少女がいた。短い黒髪にシックな色調の服が似合う、身長『20cm』ぐらいの可愛い少女だった。
 私はこの娘を箱に入れて持ち歩いていた。小さいから、ポケットに入れておくとなくしてしまう可能性がある。それに間違って潰しでもしたら、それこそ洒落にもなりはしない。私は細心の注意を持ってこの娘を大事に扱っていた。

 私の朝は早い。僅かに日の光が差し始め、軒先に朝露の滴りが窺えるようになった頃、むくりと布団から這い出すように起きる。この時点では完全に覚醒しているわけではない。洗面所まで行って、冷たい水でざぶざぶと顔を洗って、初めて私は完璧な覚醒を迎えるのだ。
 私は細君が起き出さない内に、箱の娘に飯を作ってやる。私の分から少しわけてやるのだ。ちょっとでも多く食材を使うと、口喧しいあの女は、小言をねちねちと言うに決まっているのだから。

 朝日を拝むのは嫌いだった。いつまでも夜が続いて欲しい、そう願うような人間だった。私はいつでも反人間的であったし、何しろ鬱病の気もあったぐらいだから、あまり世間と打ち解け合うようなことはできなかった。私もあまり世間と馴染む努力はしなかった。無駄な努力はしたくないし、道路を歩くだけでも私は誰かに馬鹿にされているような気がしてならなかったのだから。

 私は親から嫌われていた。それも当然だとは思う。仕方のない話だとも思う。しかし親を許すことはできなかった。
 私は大学に上がって二年目、親元を離れた。ぎすぎすした、針山の上で暮らすような生活にはもうウンザリしていた。
 私が一人暮らしを始めてすぐ、この「箱の娘」と知り合った。彼女はある朝突然、箱に入って私の枕元で寝こけていたのだった。それから私と彼女の共同生活が始まった。
 私には許嫁という忌々しいものがいた。私は許嫁と名乗る女が大嫌いだった。いや、すべからくこの世界の女が嫌いだった。
 だからと言って、女に対し乱暴狼藉を働いたりとか、そんなことは一切しなかった。彼女らが何を食おうが何を喋ろうが、勉強をサボろうがむきだしのふとももを見せつけようが男女平等を叫ぼうが、私はそれらを一切禁止も否定もしなかった。
 私はただ認めなかっただけだ。
 私の理想の女とは、柔弱で繊細、だが芯の強い女だった。しかし清純すぎてはいけない。どこか汚れを知っていれば最高だ。深窓の姫より、美麗遊女を私は好んだ。けしからぬと言いたければ言うがいいだろう。私はこの好みの型に女をはめることもなかったし、間違っても公言流布し「今の女は駄目だ」などとのたまうような真似はしなかった。
 何をしようがお好きなように、だ。
 私は迷惑をかけないかわりに、誰にもそっとしておいて欲しかった。今更友人を欲する気力もない。ならばせめて、隠者として生活したかった。誰からも見向きされず、ひっそり静かに暮らすこと。それが私の夢だった。

 娘は完璧だった。娘は手折られた花の美しさを持っていたし、いちいち若い女子のような嬌声を上げることもなかった。物静かな娘だった。しかし無口というわけではない。どちらかと言えば喋る方かもしれぬ。しかしその言葉は、不思議とそれほど気に障ることはなかった。むしろ耳に心地よかった。私は娘と話すのが好きだった。娘はアタマも良かったから、話題にはこと尽きなかった。

 ある日私は、箱の中で倒れている娘を見た。娘は泣いていた。逃げ出さないようにと心配し過ぎてしまった、私の罪だったのかもしれぬ。何にせよ娘は、私をあまり気にかけすぎるあまり、自らの傷を内に向けてしまったのだろう。

 娘の遺骸を抱え、私は途方に暮れた。

 ある朝突然目が覚める。枕元に──娘はいない。

 それは地獄のような朝だろう。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「佐伯……おめぇさん、バラ死は慣れてるか?」
「慣れちゃいませんよ。まあ、新米よりはマシでしょうけど」
「そうかい。それならな、T町の駅のすぐ近くの踏切な、あすこ行ったらいいか知らねえ。バラ、応援求むだとよ」
「それならもうボクのところに連絡来てますよ。……あ、これ、これですよ。……ええと、自殺、ホトケは……武藤聡志、だそうです」
「何だ、作家先生かい。ああいう人種は、割腹だの轢死だの死に方も派手なんだな」
「そういうわけでもないでしょう。……自殺した動機は……なんだこりゃ。遺書があって、中には……──ふん──……はいはい、どうもあれらしいですぜ、女性関係」
「タブロイドじゃねえんだ、その言い方はやめとけよ」
「はぁい。しかしね、あの偏屈先生に、そんなに好きな人間がいたなんてね」
「鬼の霍乱だろうよ。まぁいいさ。とにかく行ってこいや」
「了解了解」



 娘は、もう、いない。
 私も、もう、いない。

 愛する者を失ったとき、人はかくも崩れやすくなる。
 私は命すら奪い尽くす恋があることを、死の際で知ったのだった。

 〜終〜

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ごめんなさい(謝罪)。怒らないで。