投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 97/12/06 12:24:24
なんだか、この形式を数人の方が気に入ってくださったので、もう1度。 白い島タクシーで揺られている。ホテルから山の下の駅まで降りているところだ。いくつものカープが私を揺さぶり・・・・・思考の世界へと連れて行く。 ―私を見て、私を愛して・・・・。 私だってずっと思ってきたよ。 ただ、自分にはそんなこと言う資格無いな、って思ったから言えなかっただけ。 私は今、イタリアのの白い島にいる。シチリア島・・・・。古代遺跡とおもちゃのような街並が微妙にバランスを取っている島だ。 駅に着いたとき思わず笑ってしまった。白い大理石の床、白い柱、モスグリーンの屋根、そして・・・・目の前に広がる青い海。あれだけ真っ青な色がこの世にあるのかと思うくらいに綺麗なそれは、知らず知らずの内に私にシャッターを押させていた。歩けるようになっている線路をわたり、鉄索のすぐ側までいく。手に赤い跡がつくくらい柵を握りしめ、私は海に見入っていた。 ―そうだね、私はいつでも1人だった。 1人で生きてきたよ。痛みも苦しみも・・・喜びさえも自分だけのものだった。 人に頼りたいと思ったこと、ないとは言わない。 でも、私の基本は不足してる性を求めちゃいなかった。 私の中にもう1つの性があるかのように、求めちゃいなかった。 それが人を引きつけるのかもしれないね。人は不足しているものを求めるから。 突然イタリア語で放送がある。慣れない耳に少しの序詞と数字が聞こえてくる。どうやら私の乗るはずの線が大幅に遅れているようだ。車線の変更もあるらしい。 私はそれを聞いて微笑んだ。イタリアではよくあることなのだ。何事もアバウトで気まま。きっと20分遅れなど、こっちの人にとっては当たり前に聞こえているのだろう。それに今は何よりも、この青い海を見ていられるのが嬉しかった。 ああ、なんて綺麗な海なのだろう。河口のあたりが白く、それからエメラルドグリーンになっていく。海が深くなったところで緑は青に変わり、水平線では空よりも蒼い水がたゆたっている。 ―だからね、貴方にあったときもいつもと変わりない毎日が続くと思っていたよ。 また私はこの人の悩みを聞き、喜ぶ顔を見るだけだって。 でも、おかしいね・・・・。貴方に頼りたいんだよ。 貴方の悩みが喉からでないくらいに、私に構って欲しかった。 ばかみたいだね、ワガママだ。 さめた白さで自分から周りを遠ざけていたのに。偶像になっていたのに。 視界を巡らすと、湾の左にちょこんと山が座っていた。その真ん中にあいたトンネルから灰色の汽車が見える。来た! 乗らなければ。海とは正反対のプラットホームまで、私はひたすら走った。私が走った連絡路の上を数分後に汽車が通り抜ける。間にあった。 中はコンパートメントになっていて、6人掛けだ。小豆色の落ちついたシートの1つに腰をかけると、肘掛けを取り出した。夜は寝台車になる。車掌がベッドを広げ、枕とシーツを配るのだ。鍵もかかるし、ワイン立てもある。丁度いいことに誰も乗ってこなかった。 列車がゆっくりと動き出す。ガラスにぼんやり映る自分の向こうに、少しずつ角度を変えていく山が見える。エトナ山だ。頂上には雪が積もり、その平べったい山を見つめながら、私は1時間の汽車の旅を始めた。 ―気付いてくれてると思ってた。 そう思ったから、一緒にいたんだもの。 貴方ならこの私が囚われてるパラドックスを切ってくれるかもしれない、そんな甘いこと考えてた。 ああ、きっとそれは自惚れだったんだね。 私が真っ直ぐな目で人を見すかすように、見てくれるかもって。 そんなこと、するはずないのに。平気で人を傷つけられるのは私くらい、だよね。 そもそも、人の目を見て話す人が少ないものね、私の周り。 そう・・・世の中は他人と言葉でしか意志疎通できないんだった。 私はそんなことないから、ちょっと忘れていたよ。ごめんね・・・・。 廊下で話をする男の人がいる。携帯電話はいまや世界中に溢れているようだ。アンティークな列車の中での最新鋭の機器。なんだか笑える、嫌いじゃない。廊下側の窓には延々と海が広がる。私はいま湾の左端から右端まで長い旅をしているわけだ。時折木々が、窓の小さい白い家が海を隠す。 しばらく見入っていたけれど、また視線を山側に戻した。海はもうよかった。さっきの方がずっとずっと綺麗だからだ。狭い窓枠にひじを突くと、頭をガラスにあてる。軽い振動と風を切る音が次第に心に滑り込んでくる。 ―でも、考えてごらんよ。 私は今まで何人の人を暗い気分にさせた? 貴方の時そうしなかったのは何故? 言葉の持つ確かさなんてこれっぽっちも信じてない私が、どうして「待って」って言ったの? 他の人といるときの私を見ていない貴方に、こんなこと言っても仕方ないけど。 でも、一番私が私でいられるんだよ・・・・。 降り立った駅は質素な白さをベースにしていた。これだけ機械的じゃない駅は私の周りにはない。一種の気持ちよさがある。 でも、それよりも駅を出たときに飛び込んできた蒼い空の方が、やっぱり私は好きだった。昼間の太陽が体を包み込む。体がなめらかになってゆく。私は生まれたばかりの若葉のように微笑むと、空に向かって手を挙げた。 ―本当の貴方、もうちょっとで見失いそうだった。 ばかだね・・・・直感を忘れてしまうなんて。 まだ、大丈夫かな。貴方の心に、私のスペースあるかな。 かっこいい貴方より、そのままの貴方の方が好きだって事、今一番言いたいよ・・・・。 白い街並みが目に飛び込む。今頃みんなでお昼寝だろうか。閉まっている店が多くて、そんなことを思ってしまう。足どりが次第に大股に、早くなっていく。急いでるわけじゃない。私の体のエンジンが、フル回転をしているだけ。 こじんまりとした、けれど綺麗なホテルのドアをくぐる。もう顔見知りになっているボーイさんににっこり微笑んで名前を告げる。キーはない、という仕草にありがとうと言って、長い長い廊下を歩いてゆく。 102号室と書かれたベージュのドアの前で立ち止まる。ちょっとの間止まって、ゆっくり手を挙げる。コンコン、軽く叩くと、そのままじっと待った。中で物音がする・・・・大丈夫、いる。足音が近付いてくる。 ―さあ言おう。一晩じっくり考えたことを。 怒って飛び出した私の後ろ姿、貴方はどんな目で見ていたのかしら。 もう、やめるね。来たとき2人だったんだもの、帰るときも2人でなくっちゃ、ね? 扉から漏れる光の帯が、徐々に広がって行く・・・・・。 終わり |