リレー小説「土星」第22話「地球の夢」



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投稿者: イ中イ非 @ pppb8c5.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/11/22 19:06:07


第22話 「地球の夢」
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「悪いけどメイファを木星に渡すわけにはいかない。」
レイ・シオンと名乗る少年は残虐な暗黒剣士とおそれられている
シンに対してもあくまで冷静に言い放ったが
周りの人間はそんな彼の態度よりも、少女のペットだった単なる小型熊が
いま、ヒトの形をしてることにまだ混乱している様子だった。
「もっとも君たちは僕の忠告を聞くほど賢くないから、これから戦うことになるんだろうけど。」
このレイの言葉でシンは我に返った。
そしてこれ以上愉快なことはないといった感じで顎を左右に揺らして笑った。
「ヒッヒッヒィ。頼むから笑わせないでくれ。
さっきから何を言ってるんだあ、坊や?」
兵士たち4人も堰を切ったように笑い始める。
「さっさとかかってきてくれ。」
さらに続けるレイに5人の笑いは止まらなかった。
「ヒャハハハハハハ!はらいてえよ。チンポ丸出しでカッコつけてんじゃねえよ小僧!」
しかし、レイの次の言葉がシンの逆鱗に触れた。
「木星の捨て駒に貴重な時間を割いている暇はないんだ。」
この瞬間シンの表情が一変し、
「殺せ。」
と、兵士たちに落ち着いた声で言ったが、4人は聞こえなかったらしくまだ笑っている。
「殺せ!!」
次の怒号で兵士たちは叱られた子供のように慌てて銃をレイの方へ向けた。
「メイファ、危ないからちょっと下がって。」
レイはメイファの方を向き無表情のまま言った。
メイファは言われた通りに後ずさりする。
「あと、君は関係ないから帰っていいよ。」
今度はエリーにそう促す。エリーは泣きそうな顔をメイファに向け
それから丘を駆け下りていった。
「待て!逃がすか!」
兵士のひとりが後ろ姿のエリーに銃を向ける。

その時レイが動いた。その兵士に向かって突進をかけたのだ。
前傾姿勢で獣のように走る。とても5,6才の少年とは思えないスピード。
兵士がレイの急接近に気づいた時にはもう遅かった。
照準を合わせ発砲する余裕があるはずも無く
飛びかかったレイの体当たりをもろにくらってしまった。
鈍い音がして2人は重なって倒れこんだ。
「貴様!!」
3人の兵士たちが一斉に銃口をうつ伏せに覆い被さっているレイに向けた。
するとレイの両手が光を帯び、肩から先がゴム人形ようにぐにゃりと伸び
2人の兵士の銃に一瞬で絡み付いた。銃身をがちがちに固め発砲できなくしている。
兵士ふたりは自分の武器を取り上げようとしてるヘチマのツタのような手に恐怖し奇声を上げ
思わず銃を放り出してしまう。
しかし、伸びた手は2本、兵士は3人。
「バケモノめ!」
残りのひとりがレイの背中に向け発砲した。
そのときレイの全身になにかの紋様が浮かんだように見えた。
背中に風穴を開けるはずだった銃弾は、小気味いい金属音とともに跳ね返された。
何故レイが倒れないのが理解できず、兵士は狂ったように銃撃するが
すべての弾はレイに対して無力だった。
「無駄だよ。」
のセリフと同時に今度はレイの足が伸び、兵士の顔面に強烈なキックを見舞った。
激しく仰向けに倒れる兵士。
やがて手足がしゅるるると元に戻り兵士ふたりの銃は解放されたが
彼らは戦意をすっかり喪失していた。
この間わずか10秒ほど。
少年は大人4人に圧倒的な力を見せつけ勝利した。

メイファはさっきから驚きっぱなしだった。
ロロがレイ・シオンという夢で出会った少年だったこと、少年が普通の人間ではないことなど
その理由はたくさんあったが
何よりも子供の姿をしたものが、大人の力を圧倒している事実に
なぜか心はワクワクしていた。

「見ての通りさ。」
少年がシンに伝える。
「なるほどな。タダモノじゃないってわけだ。お姫様も・・このガキも。・・だがな。」
シンは右手の中指にはめられた指輪を左の手のひらで軽く撫でる。
指輪から黒い霧が発せられ手の甲の上に丸いカタマリができる。
「この俺様の『暗黒剣』に勝てるのかよ。ヒッヒッヒィ!」
シンは右手を突き出した。
黒い霧が濡れタオルのようにしなりレイに襲いかかる。
間一髪、剣の軌跡をかわすレイに、シンが更に攻撃を仕掛ける。
レイが意外そうにシンの動きと指輪から伸びる暗黒剣を見つめる。
「人間なのに速いな。体を改造してるのか?」
「ヒャハハハハ!!馬鹿かてめえは。今どき体をいじくってないマーシナリーなどいねえ。
人間は機械と融合しなきゃ、トップに立てねえんだよ!」
「愚かな。それで心まで無くしてはその辺のガラクタと同じだ。」
「うるせえ!!」
シンの暗黒剣が空を切る。
と同時に5メートルくらい離れていた木が徐々に黒ずみ
灰になり崩れ落ちた。
レイが初めて表情を曇らせた。
「驚いたな。空気までも汚染するのか?」
次々と灰になっていく樹木の側にメイファがぼんやりとへたり込んでいるのが見えた。
「いけない。メイファ下がるんだ!!」
レイがメイファの方を見て大声で怒鳴ったとき、注意がそれたのをシンは見逃さなかった。
暗黒剣がレイの左肩から腹部にかけてを見事に切り裂いた。
傷口を中心として全身に赤い紋様が走る。それはまるで血管のようだった。
「ヒャーーーッハッハッハ!!どうだあ!見たか!!」
シンが勝ち誇り笑う。
メイファはレイの異常な姿を見て震えながら奇妙な声を出す。
暗黒剣が刺さったまま、がくっと両手をつくレイ。
「どうした?最期の言葉はあるか?もう声も出せねえのか、ヒャハハハハ!」
満足げな笑みを浮かべ剣を引き抜こうとしたとき
その顔は困惑の表情に変わった。
暗黒剣がレイの体から抜けない。
「くっ!!どういうことだ!?」
シンが全霊を集中して引き抜こうとするも、剣は少年の腹に突き刺さったままぴくりとも動かない。
レイははじめて微笑み浮かべて立ち上がり、シンの指輪に近寄る。
そして腹に力を込めると、指輪から伸びていた黒い霧の帯は少年の傷口にすべて吸い込まれ
次にはその傷口も完治していた。
「もう、その剣は二度と使えないよ。」
レイはそれほど重大ではないことのようにシンに言った。
「な・・な・・な・・。俺様の暗黒剣が・・。」
信じられないといった様子でシンが自身の右手の中指を見つめる。
「もう、いいかな?」
レイの正拳突きがシンの顎を的確に捉えた。
大人のからだが子供のパンチによって空を舞った。
シンは長い滞空時間の後、大の字になってどうと音を立てて落下した。

「心配ないよ。」
レイは一息つくとメイファに歩み寄り話しかける。
「あなたは何なの・・。」
メイファがおそるおそる聞くと
「言ったろ?僕は君を守るために創られたもの。」
「私を守る・・。」
「木星帝国軍の連中が君の力を・・地球の力を狙って動き出した。
僕は君を奴等の手から守りながら、無事に彼らのところへ合流させなければいけない。」
「あの人も・・土星で会ったあの人もいるの?」
「彼女から聞いてないのかい?
まあ、詳しい話は後にしようよ。ここにいると追手が来るとも限らないからね。」
レイがメイファの手をとり歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って・・。」

その時、停泊していた上空のキャリオンクロウが突然動き出した。
主砲がこちらを向いている。
「このまま、逃がすかよ!!」
シンの狂気じみた声が聞こえる。いつのまにかキャリオンクロウに乗り込んでいたのだ。
「俺様をさんざんコケにしやがって!もう報酬なんぞいらねえ!!
てめえらふたりともあの世行きだ!!ヒャハハハハ!!死ねえ!!」
主砲の周りに光が集まる。
「くっ!!間に合うか!?」
レイはメイファの体をひょいと抱き上げた。
同時に周囲が光に包まれ、次に高熱が周辺を支配する。
そして最後に自然界では考えられない衝撃。
クレーターに爆発が起こり、街を見下ろせる小高い丘が崩れ落ちる。
ふたりは既にそこにはいなかった。
レイの俊足は激しい爆風から逃れメイファを守った。自分の体より大きい少女を抱え
さらにクレーターの頂上にむかって走る。
しかし、キャリオンクロウもふたりの位置をしっかり捕捉していた。
「見えてるぞ!!どこへ逃げるんだあ、おふたりさん!?
殺してやる、絶対殺してやる!!ヒャハハハハ!!」
シンはチーターのごとき速さで森を疾走するレイを肉眼で確認し
キャリオンクロウを飛ばした。

メイファは抱きかかえられることに違和感を感じるも
口には出さずに、薄い胸板にへばりついていた。
「ねえ、どこいくの!?頂上は湖しかないわ!!」
「あそこだと、街が破壊されかねない。そんなのいやだろ?
大丈夫。ちょっと考えがあるんだ。」
「どういう考えが?」
「内緒だよ。」
後ろからキャリオンクロウが追いついてきた。
攻撃態勢に移っている。
「もっと速く走るよ。」
レイのスピードが上がる。正面を見れないほどの向かい風がメイファを襲う。

おかげで頂上に到着するのに時間はかからなかった。
街の観光名所であるクレーターの湖だが古くからあるので、既に飽きられているうえに
平日ということもあって観光客はまばらだった。
突如現れた戦闘用サイヴァーと裸の少年と彼に抱かれた少女によって
観光客はパニックになると思いきや
何かのショーが始まるのではと勘違いした者が集まってきた。
「何だ?人がいるじゃないか。」
「こんな田舎でも、観光地くらいあるのよ。」
「まずいな。向こう岸は?」
「売店とかはないから、人はいないんじゃない?」
「うん。じゃあそっちへ行こう。」
「何言ってるの?向こうまで何キロあると思ってるの?」
レイは体を微妙にかがめた。
「しっかりつかまって。跳ぶよ。」
「え、飛ぶって・・。」
メイファが言いかけた時、遊園地の絶叫マシーンに乗って
おなかがざわざわするのと同じような感覚が彼女を襲った。
思わず目をつぶった後、次の視界には何も無い青空と地球。
すれ違う渡り鳥の群れ。
前にはあの丘からは滅多に見ることができないとなりのクレーター。
下には駅の案内地図で良く見る湖のかたち。豆粒のような人々。
やっと今自分たちが大空を舞っていることに気づいたメイファは文字どおり、絶叫してしまった。
次に向こう岸の地面が徐々に近づく。
レイの両腕が伸びメイファの全身に巻きつき、そのまま地面に自由落下した。
地面がめり込み、小隕石が激突したような大音響がした。
「メイファ、大丈夫?」
メイファは無傷だったが、ショックが大きく口をぱくぱくさせるだけだった。
「ちょっと待ってて。」
レイはメイファを安全な場所まで運び地面に寝かすと
遠くから追ってくるサイヴァーを睨みつけ
「ここでけりをつけよう。」
とつぶやきキャリオンクロウの正面に躍り出た。
「ヒャハハハハ!!どこへ逃げても無駄だぜハニー。
跡形も無くフッ飛ばしてやるからよお!!」
シンのキャリオンクロウが照準をレイにあわせる。
「これで終わりだ!」
光の線が発射された瞬間、レイは地面を蹴っていた。
跳んだ先はキャリオンクロウ!?
「また、体当たりか小僧!!させるかよ!!」
副砲からのバルカン砲が降りかかるがすべて的外れな方向へ流れた。
レイが跳んだ方向はキャリオンクロウの遥か頭上だったからだ。
「さようなら!」
レイが別れの言葉を述べると足が極限まで伸び巨大化する!
「ヒ?そんな・・馬鹿なあああ・・!!」
シンは真上から迫ってくる大きな足の裏を見ながらかすれた声を発した。
キャリオンクロウはレイに勢いよく踏みつけられ、煙をちろちろと吐きながら湖に墜落した。
大きな水しぶきがたち同心円状に波紋が広がった。

レイがメイファのもとに戻ると彼女は人形のように惚けて座っていた。
「大丈夫なはずなんだけど・・本当に大丈夫?」
声をかけると、心ここにあらずといった様子だった彼女がレイをゆっくりと見つめた。
そして、急に目に涙を溜めレイに平手を見舞った。
「バカ!私を守るならもっと安全に守ってよ!!」
「僕は結構スリルがあって楽しかったよ。」
「私は楽しくなんかないわよ!!」
「そう言わないでくれよ。ここ何日もずっと君の部屋の中だったんで
退屈してたんだ。今日もやっと外に出れると思ったら君のキツイ服の中だったし。
体を動かしたかったんだ。・・おっといけない。」
そう言うとレイは湖の方へ走り出し、伸ばした手の先を大きな釣り針のような形にして
湖の中を探り始めた。
「やってみたかたんだ。サイヴァー釣り。」
引き上げるとボロボロになったキャリオンクロウが引っかかっていた。
水の滴るコクピットを開くとシンが目を半開きにして魚をくわえ座っていた。
「一応聞くけど・・。魔王星『サタン』って知ってるかな?」
シンはゆっくりとレイを見つめ口から水を吐き出しながら言った。
「こ・・ころしてやる・・。」
「あっそう。」
レイは釣り針型の手を振りかぶってシンの乗ったキャリオンクロウを
大空に思い切り放り投げた。
青空の中キャリオンクロウはみるみる小さくなりやがて見えなくなった。

「さ、地球に行こうか。」
レイがメイファに軽く声をかける。
「学校はどうするのよ。」
「戦争が終わってから行けばいいよ。」
「エリーや義母さんにどう説明するのよ。」
「僕から適当に何か言っておくよ。」
「何て?」
「太陽系を救うのでしばらく留守にします。」
「そんなの信じてくれるわけ無いじゃない。」
「月の人間は難しいなあ。とにかく僕は早急に君をエンペラーに会わせなきゃいけないんだ。
口論なんてしてられない。出かけるよ。」
手をむんずとつかまれメイファはついに観念した。
「も、もう分かったわ。ついていくから、引っ張らないでよ。」
「そう、よかった。あの男の子も待ってるしね。」
「うん・・・・あ!」
「え?」
「そんなことより!・・いい加減その格好なんとかしてよ!」
「あ、ここでは服を着なきゃいけないんだっけ。ごめん。」
「もう・・見慣れちゃったじゃない。」
メイファが視線をそらしながら小声で言った。
「え?」
「何でもない!売店で服買ってくる!」
「平気だよ。これで・・。」
レイがそう言うと彼の体は小さくなり肌が体毛に隠れ
普通の小型熊、いつものロロの姿になった。
「キュイーン☆(さあ、出発だ)」
メイファはため息をつき一言もらした。
「もう絶対、一緒にお風呂入らないから・・。」

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僕は夢を見ていた。
体が広大な宇宙に浮かんでいる。
眼下に広がるのは母なる蒼い星、地球。
僕はその星に無謀にも飛び込もうとしている。
生身の体のままで。
大気圏突入ってやつだ。
目の前の青がどんどん大きくなってくる。
やがて全身が焼けるように熱くなる。
だめだ、苦しい。
しかしここを我慢すれば僕は地球にたどり着けるんだ。
生命が誕生した軌跡の星・・いったいどんな所なんだろう。
やがて熱さは収まり
期待に胸を膨らませながら雲の壁を抜けると
そこには海しかなかった。
ドス黒い海が一面に広がっていた。
陸地は・・街はどこにあるんだ?
人はどこにいるんだ?
僕は東西南北を飛び回り人の住んでいる形跡がないか探し回ったが
石油のにおいがする海が延々と続いているばかり。
やっぱり地球に人はいないのか・・。
死の星と化してしまったのか・・。
あきらめて帰ろうとしたその時
一隻のサイヴァーが浮かんでいるのが視界の片隅にはいった!
しかも上に人が立っている!
あれは・・・・ヨーコだ!!
僕は一目散にヨーコの方へ飛んだ。
だんだんヨーコの姿が大きくなっていく。
彼女も僕に気づいて微笑みかける。
僕ははやる気持ちを押さえ切れずに手を精一杯伸ばす。
彼女も手を伸ばす。
一瞬指が触れた。
ヨーコ・・。

目が覚めると僕はベッドの上だった。
おかしな夢だった・・。僕は左手で眠気まなこをこすって大きくあくびをする。
僕はふと右手に誰か別の人のぬくもりを感じた。
あたたかく柔らかい手・・僕は誰かの手を握っている!
「ヨーコ!?」
振り向いた先には・・
「ひあああああっ!!」
僕は思わず情けない大声を出してしまった。
そこに立っていたのは僕の知らない人で、しかも顔半分がローブを隠した不気味な格好だった。
僕が握っていたのはこの人の手だった。
「あ、あ、あ、なたは・・?」
僕はつばをごくりと飲みこんでおそるおそる聞いた。

「はじめましてマサキさん。私の名はカサンドラといいます。」
老婆は顔の残り半分を出してニタリと笑った。


第23話に続く